ZEEBRA(2)

やられたら、やり返す。倍返しだ!


公開処刑においてDragon Ash(ドラゴンアッシュ)を痛烈に批判したZEEBRA(ジブラ)なのですが、つい最近発売のFlashによると不倫報道で逆公開処刑されてしまいました。


まさにやられたら、やり返す。倍返しだ!事案です。

ZEEBRAと言えばその公開処刑の少しあと、Perfect Queenという楽曲で再婚し、奥さんを射止めた楽曲を提供しています。

君はパーフェクト・クイーン
世界中探し回った
パーフェクト・ドリーム
君とならパーフェクト・ティーム
間違いない
趣味も性格も合うぜヤバイくらい

これはファンモンの加藤さんにも共通する課題なのですが、素晴らしい楽曲を提供したのに自身のおこないがともなわない無秩序な問題であったりします。

それはいわゆるきれいごとで、おっしゃることはきわめて正しいのですが、あなたのやったことは果たしてどういう意味なのですか?という問題なのです。


きれいごとでもそうですし、大きなこともそうなのですが、言うだけならば誰でも言えるであろう話です。


おのれのことをよく理解していない


言葉を発する際、または思考する際、通常はその言葉に共感したり、深い感銘から言葉を発したり、思考したりします。

ですが、それをおのれに当てはめて考えてみたり、本当にそうなのか?考えてみる必要があるのだと思います。

これは前から思っていたのですが、どうもこの当たり前の前提でさえ、深く理解している人たちと限りなく浅く理解している人たちがいるのだと思いました。

つまり、たとえば愛情なんかであっても、遠くはキリストの世界観やかなり壮大な人類のテーマなのですが、かなり浅くノリと勢いで考えると、結果、なんか口からの出まかせになってしまいます。

逆に、キリストの世界では人間は欲に溺れた罪深い存在として描かれるのであまり軽率な発言をしません。裏切りなんかも日常茶飯事なので許しがあるのです。

別にそれでも悪いことではないのですが、逆に言えば、こういった重い問題でさえ軽率に発言をすることにためらいを覚えない人たちもいるワケなのです。

通常であればご自身の性欲の問題もありますし、ご自身の経済的な問題もあります。

つまり、自分のことをよく理解した上で壮大なテーマについて発言を行ないます。

それら環境的な面とご自身の意志力みたいなものを天秤にかけてこのような発言をなさると思っていたのですが、事実は意外と違っています。

太宰治も人にあわせておどけていたのですが、どうも日本人は自分の本当の気持ちうんぬんよりも、相手の気持ちにあわせてノリと勢いで言葉を軽率に合わせる傾向があるのだと思います。


んで、それがたとえ嘘になろうとも、その場が盛り上げれば結果よしのような軽さがあります。

そして、男女もそうですし、アーティストの方もそうなのですが、このPerfect Queenと今のZEEBRAが置かれた環境を考えるとき、ある一つの答えのような命題が浮かんできます。

それは愛しあってるときはかなり盛り上がり、この上ない喜びを感じるのですが、何年か後に振り返った際、けっこう嘘ではないのですが、矛盾する行動をとってしまうという事実に気がつくと思います。

ユダがキリストを裏切ったかのように…!

なので、ここから学ぶことは、愛しあってるときの発言はのちに嘘になるのかも知れないことと、その場の気持ちを楽曲に残すとあとで裏切られた気分が生じてしまうという事実であります。

SNSやWebの発達により、その場の気持ちや感情を残せるようになったのは便利なのですが、そのかわり、あとで何かあった際、さかのぼって嘘が出てきたり、矛盾が出てきたりして顔を赤らめる場面も増えたように思います。

首尾一貫した人はなかなかいませんが、とくに感情的なものってそのときは素晴らしいのですが、何年か後に振り返ると何か変?ってなる理由なんだと思います。

んで、本来は人間の気持ちはコロコロ変わるのです。

なので、Perfect Queenのような楽曲はそのことをよく理解していないか?盛り上がればいいという魂胆で作られた可能性が極めて高いと分析します。

以上、ZEEBRAのPerfect Queenに学ぶノリと勢いの精神分析の話でした。