ヒヨコ

社会が貧しく余裕がなくなると些細なことで怒る人が増えてくる


新型コロナの影響で、ツイッター上ではかなり論争になったりしますし、炎上は日常茶飯事の光景となってまいりました。


テレビなんかを見ていてもみんなピリピリしていて、それぞれに思いがあるものの、怒りポイントで怒るというまるで形式美のような番組構成がされていたりしています。


この怒るということが実はかなり危険であって、怒ることによりバカになり、大切な何かを見失ってしまうということを実体験を通して説明してまいりたいと思います。


子どもの頃の兄弟喧嘩 ヒヨコをめぐるヒヨコ事件


子どものときにお祭りの出店でヒヨコが当たったことがありました。

そのヒヨコをめぐる体験談です。

子どもながらもヒヨコがかわいくて、ヒヨコと遊んだり、ヒヨコを散歩させたりしていました。

あるとき、夕食前のひまな時間にヒヨコを散歩させていたら、弟がまじってきて、弟も一緒にヒヨコの散歩にくわわって遊ぶことになりました。

そして、夢中になって一緒に走りはじめたとき、

  • スピードもくわわって弟の足がヒヨコを踏み、
  • ヒヨコは足を引きずって歩けなくなりました。

そこで私は、

  • 激怒し、
  • 弟を叱ったり、
  • 蹴ったりした

記憶があります。

  • これは暴力です。

しかし、冷静に考えると私はヒヨコと散歩していたのであり、ヒヨコはペットで動物なのです。

そのヒヨコはペットで動物なのに、

  • 足を踏まれて動けなくなったことにより、
  • 弟を叱ったり、
  • 蹴ったりする

のは本末転倒なことなのです。

たかがペットの動物のために、

  • 人間同士の争いが生まれる滑稽な出来事

であると、のちに振り返ったとき恥ずかしさに照れました。

しかし、そのときは本気であり、自分はあたかも間違ってなく、

  • 『目には目を歯には歯を』の報復律にのっとり、
  • 『ハンムラビ法典』のように同罰を加えたのでした。


夕食前でお腹がすいていたこともあると思うのですが、それにしても非常に滑稽なことを人はするものだと思ったのは事実です。

すべての争いの原因は間違った正義感と過度な空腹


しかし、あとから振り返ってみると、おおむね人間関係の争い事や怒りポイントの大半はこのヒヨコ事件で説明がつくことに気がつきました。

  • 人は正義感によって間違った正義を押し通そうとする点

と、

  • 空腹で怒りが助長される

という2点です。

目の前に正義があって、

  • 正しいことと
  • 間違っていること

があります。

そして、正しいことを押し通すあまり、本質的な善悪の問題よりも、自分の正しさを押し通してしまう点が問題なのです。

先のヒヨコ事件の件で言えば、

  • ヒヨコを踏んだのは悪いのですが、
  • ヒヨコはあくまでペットなのです。

それを、

  • ペットを踏まれた悪を裁くために、
  • 人間を同じ土壌で成敗するのは愚かなこと

であると深く反省しました。

ペットはペットなので、あくまで不問に伏さなければならないのです。多分…。


戦争の原因も間違った正義感と過度な空腹


逆にこのヒヨコの箇所を財産や所有物、国家に置き換えてみても同じ考え方ができると思います。

そのことを空腹時の私が頭で判断できないというのもひとつの要因なのです。

それは、

  • 空腹のせいか?カッとなりやすく、
  • 怒りがストレートに表現されやすい

ことを物語っていると思います。

本来はそこで何か物を食べればいいのです。多分…。

ですが、そのことに気がつかないので怒りに暴走し、暴力などを生んでしまうのだなと反省した事件でした。

子どもでしかも小学生の頃だったと思うのですが、ヒヨコを巡って、たかがヒヨコから発展した兄弟喧嘩でした。

しかし、この事件はさまざまな世界の問題の縮図で、一方の正義から戦争は繰り広げられたりしています。

第二次世界大戦なんかがその代表例なのです。


そして、空腹が怒りを助長するのも、実はこの第二次世界大戦前に世界恐慌があり、人びとは空腹な状態におかれていたからです。


ドイツでも国債を発行し、ハイパーインフレが起こりました。


ドイツのハイパーインフレの背景

ドイツのハイパーインフレの直接のきっかけは、第一次大戦後のヴェルサイユ講話条約により、戦勝国がドイツに支払い不可能な賠償金を課したことによります。

ドイツ政府はそこで賠償金の資金を調達するため、当時のドイツの中央銀行であるライヒスバンクに国際を受けさせ、その結果、大量の紙幣を新規発行したため通貨価値が急激に下がり激しいインフレが起こったのです。

すなわち、今の日本の状況はこの状態に似てると言うことができると思います。

だからこそ、正義についてもよく考える必要がありますし、空腹に関しても適度にケアしていく必要があると痛感しています。


一見他愛のない話のように見えますが、本質的に考えれば争い事の大半は正義についてであるし、誰もが正しいと思っている事柄についてであったりします。

ですが、その本質を見誤ればやはり本末転倒で、怒らなくてもいいポイントで怒っていることに気がつかれるか?と思います。

また空腹がその怒りを助長し、過激にエスカレートさせる点も忘れてはいけないポイントとして、私は常日頃、肝に銘じております。