
思い悩んだり葛藤する人は愛される人間になれる
太宰治と三島由紀夫の違いについてはこちらでしました。
- 太宰治と三島由紀夫にみる日本人の精神分析の話
- https://www.onechan1977.com/psychology/Dazai-Mishima
人生において、
- 悩むことは非常に大切
です。
それは太宰治がさんざん悩んだことにより愛されたからです。
最期には、『人間失格』を上梓して入水自殺を遂げておりますが、
- 太宰治が愛された要因が、
- 悩み過ぎたところ
であると思います。
そこで本日は、
- なぜ人生において悩むことがいいことなのか?
考察してまいりたいと思います。
思い悩んだ?葛藤した?はい!合格ですっ!
テレビや小説の主人公であっても、
- 思い悩むことによって、
- 感情移入が生まれ、
- テレビドラマや小説のヒット要因
になったりします。
そのことから言えることは、
- 人間は善い悪いに関係がなく、
- 思いわずらうところに
- 激しく共感してしまう
傾向です。
太宰治がさんざん悩んで自殺未遂や浮気や不倫を繰り返したのに対して、
なかば
- 清廉潔白の健康体そのものの三島由紀夫が、
- 自衛隊に決起をうながしても、
- 人が集まらなかった
のは、この
にあるのだと思いました。
- 三島由紀夫のエリート性
にあるのだと思いました。
つまり、どちらかと言えば、
- 三島由紀夫は悩んだことがなく、
- みずから考え、答えを出し、
- 自分で決めて、人生を切り拓いてきたタイプ
なのだからだと思います。
そこには太宰治のような、
- 迷いや葛藤がなく、
- 自分の意志でみずから考え、
- 切り拓いてきた強い意志
を認めることができるからです。
なので、さまざまな日本の危機から自衛隊の決起をうながしても、
それは
がひそんでいるように思います。
- 三島由紀夫だからこそたどりつける思考や発想で、
- それにくみすることをためらわせる人格的な問題
がひそんでいるように思います。
- 三島由紀夫がもてはやされる理由とネトウヨに代表される愛国の精神について
- https://www.onechan1977.com/after-death50/Mishima
それは人間が、
どちらかと言えば
- 善いや悪い
ではなく、
- 思い悩んだか?
- 葛藤したか?
の方に重きをおいてしまう精神的な構造によるものだ
と思うにいたりました。
ダメな人がいいことをすると嬉しくなる いい人がいいことをしても当たり前になってしまう矛盾
一人の人生であったり、
自分一人で生きてゆく場合は、
思い悩む必要もなく、
葛藤する必要もありません。
ただ一人の人生ではなく、
誰かを巻きこむとき、
そのときこそ、
- 思い悩んだ人か?
- 葛藤した人か?
ということがかなりの割合で重要になってくるのだと思います。
太宰治は最期に心中してしまいましたが、
最期も女性(山崎富栄)が一緒に亡くなりましたし、
1回目の心中未遂のときも、女性(田部シメ子)だけが亡くなりました。
- ダメ人間はダメ人間でありつづける場合が多い太宰治に見る愛情と支配の話
- https://www.onechan1977.com/DAME-Human/Osamu-Dazai
亡くなることはよくないことなのですが、
三島由紀夫との違いは、
- 誰かが、
- 人生をかけてサポートする
ところにあります。
逆に言えば、
三島由紀夫の方が正しくてより危機感をもっていたのに、
三島由紀夫の方が正しくてより危機感をもっていたのに、
最期についたメンバーは楯の会のごく一部のメンバーだったので、
- 慕われたか?
- 慕われなかったか?
で言えば、
- そういうことなのだ
と思います。
- 人が共鳴したり、
- 何か物事を成し遂げるとき、
- 善いや悪い
はあまり関係がないという根拠です。
逆に言えば、
- 思いや悩み、
- 葛藤の方に比重が多く集まり、
だからこそ人は動く
のが正解である気がしています。
のが正解である気がしています。
関ヶ原で石田三成ではなく、徳川陣営が勝ったのも、
大阪の陣で真田幸村に人が集まったのも、
- どちらが正しいか?
- 有利か?
よりも、
- 人としての石田三成や、
- 人としての真田幸村の方に要因が認められるからです。
- 前者は毛嫌いされ有利だったのに人が離れてゆき、
- 後者は圧倒的不利でしたが人が離れてゆくことはありません
でした。
つまり、
- 論理的に正しいか?
- いなか?
よりも、
それに
- いかに思い悩み、
- 葛藤したか?
の方が人を動かしますし、
添いとげたい思いにさせる
のだと思います。
添いとげたい思いにさせる
のだと思います。
なので、常日頃、真面目な人や人に弱みを見せられない人ほど、
- 三島由紀夫的な人間になっている
のだと思います。
逆に言えば、常日頃、不真面目な人や弱みを見せている人ほど、
- 太宰治的な人間になっている
のだと思います。
そして、何かよいことをしたときも、
どちらかと言えば、
後者の方がより多く認められるので、
もしかしたら人間には、
- ダメな人ほど愛してしまう
- 精神構造があるのかも知れません。
それは
- ダメになっている人が
- よいことをするのが、
- 単純に嬉しい
からです。
逆に言えば、
- 普段からよい人が
- よいことをしても、
それは
- 当たり前
になってしまう矛盾なのだと思いました。
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