仕事人間は実は仕事をしていない


仕事人間って仕事しかできない人間の話です。

よくよく思うんですが、仕事人間になるには簡単なことで奴隷になればいいだけの話です。

多分なんですが、たいていの人間って人間的葛藤があって、奴隷にはなれなかったするワケです。

その人間的葛藤を無視すれば、恐らく誰でも仕事人間になれると思ってます。

ウチの父親は仕事人間で、早くに帰ってきた記憶がありません。

ほかの人たちは17時には退社していたみたいですが、ウチの父親は早くても19時近くで、平均して20時、飲み会なんてあれば21時、22時が当たり前の人でした。

なんか反抗的なことを言うと、

  • 「誰の為に喰わせてもらってると思う」

って、口にしちゃった時もありました。

日本の高度経済成長って、こんな感じですよね?

日本とアメリカの家族観・人間観


子ども心に、社宅に住んでいたので17時以降に迎えに行っても、帰って来た記憶がありませんでした。
高校のとき、現代社会の進藤 先生が王監督とバースの話をして、この事を表現していました。

王監督は親の死に目にも合わずに監督をしていたらしいです。

ところが、阪神のランディ・バースは息子の病気の為に阪神を辞め、アメリカに帰ってしまったのです。

この話が日本とアメリカの家族観・人間観を表しています。

今、社会もどちらかというとこういうムードになったのであれですが、大人になると仕事なんていくらでもどうにでもなると言うか、代わりはたくさんいて、ただ言い出せないだけなんだと思います。

仕事人間には代わりはいくらでもいるという事実


もちろん、言い出すことはかなり勇気がいることですが、会社側のポジションにつくのか? 家族側のポジションにつくのか? の問題だと思います。

これって、信用問題で、でも昔は終身雇用なので仕方がないと言えば仕方がないような気もしますが…。

今みたいに終身雇用がないってなると、どちらにポジションを取った方がいいか? は一目瞭然だと思います。

仕事人間の難しいところは、もちろん仕事人間なので仕事以外にまったく面白みがないことです。

ウチの父親もバラエティー番組を見ても、

  • 「何が面白いって!」

って、テレビに向かって言ってました。

子どもが笑って見てる目の前で…。

確かに世の中の経済にバラエティー番組のような面白みというか、学芸会的な茶番はいらないと思います。

世の中の経済はいたって真面目に、論理的な感じで進行してゆきます。確かにバラエティー的要素は少ないです。

これも仕事人間の弊害です。

またテレビを見ている邪魔をして、少年ジャンプ2冊を束にして叩かれたこともありました。

少年ジャンプ2冊ですよ。

子どもに…。

しめて380円ですか? あっ、値段じゃない?

仕事人間はやがて人間じゃなくなる


余裕がなくなるというか、テレビを否定しといてテレビを見るのを邪魔されて子どもに暴力を振るう仕事人間って…って話ですよ。

こういう感じだと、やっぱり家庭に居場所をなくすというか、正直、コミュニケーションが取れないとダメなのです。

仕事人間の弊害として、コミュニケーションスキルと言いますか、目の前の仕事を馬車馬的にこなす能力はあるものの、肝心な信頼関係とか人間関係を構築するスキルに乏しいような気がするのです。

人間って複雑で、合理的な部分と非合理的な部分でできてます。

なので、必ずしも合理的な部分が正解じゃないし、必ずしも非合理的な部分が正解じゃないし、そもそも正解とかなくて、多くは妥協とかごまかしとか誘導みたいな感じで、心と心の隙間を詰めるものだと思ってます。

とかく仕事人間は合理的になり過ぎて、自分が一番の自我肥大になったり、コミュニケーションしてないのになぜか謎の偉そうな感じを表現したりします。

仕事人間の奴隷が出世して奴隷社会になった


この点が高度経済成長の特徴で、お金がある=偉いの価値観ですが、今はたとえ役職でも人間的に尊敬できないとパワハラやセクハラで訴えられたり、やっぱ立場だけで抑えるのは限界にきています。

だって、キモい上司から触られてもマジキモいし、吐きそうなんだもん。

たとえ、部長とか社長って言ったって…。

仏頂面した部長とかヤじゃないッスか?

本来であれば、人間的な尊敬が人を集め、経済的成功も手にします。だから人気があるとか言いますし、それが健全な社会だと思います。

ただ、どういった間違いからか、今だとお金とか組織力はあるのに、イマイチ尊敬できない人が上にいて、正直、キモい感じの組織が多くなってます。

ハゲてたり、眠そうな目をしていたり、飲み過ぎてむくんだようなツラで会見してたり、正直、そうなりたくはない大人たちがなぜか偉そうにしているんで、社会がうまくいかないんだと思います。

多分、子どもが見たって、とてもああなりたいとは思いませんし、父親だよって言われても、

  • マジ? キモッ!

ってなると思います。

また、仕事人間の弊害として、仕事を突き詰めるのは分かるのですが、家事をやらなかったり、自分の時間を楽しんだりしないと、やはり、たとえば掃除機を開発したとして、掃除機を使ってない人が開発すると当然使いづらいし、旅行に行ったこともない人が旅行を提案しても全然面白くないし、嘘くさいのです。

なので、冒頭にも述べましたが、合理的であるがゆえに、面白みがゼロ。

非合理的になれとはいいませんが、やはり、この面白みの部分は必要のようです。

それすら理解していない仕事人間って、やっぱり奴隷と一緒で、ホントに与えられた仕事を馬車馬のようにこなすしか能力のない人たちなんだなぁ〜と思う今日この頃です。