嫌い

つまらない話は誰も聞きたくない


終戦記念日の影響からか平和を語り継ぐ活動が行われていたりします。

地方では人手不足も加わって語り継ぐ人がいないという問題も抱えているようなのですが、語り手がいないということも一つの答えだということに気がついていない大人が多いのが現状です。

戦争体験もそうですし、平和を語り継ぐ活動もそうなのですが、争い事がないことが前提であり、本質であることに気がつけない人は多いです。

ツイッターを見ていても、テレビを見ていても、嫌韓や嫌中の差別や偏見のかたまりのような人もいて、そういう光景を見ていると平和は嘘だと気がついている人は多くいるかと思います。

単純に物理攻撃の戦争を止めればそれは平和なのではなく、この争いの心があるかぎり、戦争はいつ起こっても不思議ではないからなのです。

おもしろくする工夫はしているのか?


戦争体験や平和を語り継ぐ活動も、本当におもしろいのであれば人は寄ってきますし、それがおもしろくないから寄ってこないのです。

少し厳しめになりますが、今はWEBがありますのでブログというWEBページでもいいですし、そんなに大切なものであれば残す方法はいくらでもあります。

なんだったらその戦争体験や平和を語り継ぐ活動をYouTubeなんかで放送してもいいワケなのです。


その閲覧回数や再生回数がシンプルな興味の数ですし、もしものすごく大切で、ものすごく伝えたい情報であるならば、閲覧回数や再生回数に応じて伝え方や語り口を工夫してみる必要があると言えるのです。

さまざまなチャンネルが乱立してきた現代では、黙って待っていたのではさまざまな所で人をつなぎ止めたり、人にいてもらうこと自体が困難になります。

おもしろい所へ人は行きますし、流れます。

それを流行と言いますし、人気と言います。

なので、戦争体験や平和を語り継ぐ活動も、本当に人へ伝えたいのか?というあなた自身の人間性や人間としてのおもしろさが問われているので、語り手が人手不足というのはあなたの力不足のたまものとなってしまいます。

やってもやらなくてもおもしろくなければ人はいなくなる


昔のようにやり方がそれしかないのではなく、今はテクノロジーが進化したのでやり方はさまざまにあります。

言い訳をしていたり、原因が特定できないようであれば、それはその人の力不足で何を伝えても結果は一緒なのです。

そして、多分なのですが、現代の若者はあまり国家へ期待もしてなくて、嫌なら住む国を選ぶという発想のような気もしています。

さまざまな所でピリピリしてますが、おそらく戦争を望んでいたりする人たちはあまりいなくて、有利な環境へ移動しようと考えている人の方が多い気もしています。

戦争体験や平和を語り継ぐ活動に関しても、興味があれば興味に応じて調べられる時代になったので、身も蓋もない話なのですが、地元のおじいちゃんに聞くよりはYouTubeで専門家の解釈を聞いた方が正確ですし、勉強になる話であったりします。

それは戦争体験や平和を語り継ぐ活動に限らず、すべての勉強もそうですし、すべての専門的な知識もそうなってしまってます。

おもしろい人や専門家と言われている人から学習した方が学習効率はいいので、逆に言えば昔のような活動はホント、各地で継続困難になってきてます。

やり方を変えましょう!

本当に大切であるならば…。

戦争は怖いですが、その怖さが伝わるように工夫をすればいいのです。

バカ真面目に話すことが、必ずしも怖いということを伝えるためには有効でなかったりします。

ようは雰囲気を伝えるのではなく、中身を伝えるのです。

以上、戦争体験や平和を語り継ぐという発想の話でした。