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むかしは空気を読むために読書をしていた


昔は本をたくさん読んでました。

太宰治や三島由紀夫にはじまり、川端康成とか有名どころはほぼほぼ読みましたし、カミュとかサルトルとか哲学系も読みました。


哲学科へ入学してからはマルクスやフロイトなども読みました。


それぐらい本は好きでしたが、ツイッターをはじめてからはだいたいツイッターで情報が仕入れられるので、本を読む必要がなくなりました。

それこそ学校行ってなかったので、人間のことがよく分からず、空気って何? 状態だったので、でも、今だと逆に空気読む必要なくね? って、時代が移り変わったので、ツイッターで十分だとなりました。

今は空気を読む必要がなくなった


本にしてもけっこういいことを言う人はフォローしているので、本として購入してみてもツイッターで言ってることだったりするので、だったら買わなくてもいいやってなりました。

事実は小説よりも奇なりって話で、ほぼほぼツイッターとインスタで人間の様子は分かります。

ツイッターは140字のツイートですが、インスタは写真のツイートです。

それらが各人生をあらわしていて、人間の一端をうかがい知ることができます。

インスタなんかで面白いのは、結婚してハッピーな感じの写真があり、それは結婚した奥さんの方のアカウントなんですが、結婚して式を挙げ、車を買い、旅行に行ったり、子どもが生まれ、自宅を購入し、子どもと遊んでいる写真がアップされたりしているんですが、よく見ると、旦那さんの顔が初めは笑顔だったのですが、次第に笑顔が消えていき、最後、ロボットみたいな顔になっていたりしているのを見ると、多分、その支払いの責任感と言いますか、ホント、産業ロボットと言いますか、お金を生み出す機械となってしまったかのように思うのです。

もちろん、各人の幸せの話なので、旦那さんがそれで幸せならばいいのですが…。

見ている世界が違えば世界が違う


インスタって怖くて、やっぱり、結婚もそうだし、イメージに近づきたい気持ちも分かるんですが、それって結局、脚色だったりもするんで、あまり丸パクリのような生活を送ると、ロボットのような顔になるんではないんでしょうか?

タピオカもインスタで流行ったみたいですが、実際、糖質のカタマリなんで、ツイッター界隈では眉唾ものでした。

今ってともすれば健康ブームもあって、昔当たり前に食べていたものが毒扱いされてます。

もちろん、インスタで流行っているから流行っている場面では批判は控えるんだと思いますが、陰では毒食ってるなんて噂もされていて、そのギャップって、ってなるワケなんです。

リアルでも華やかな場面の裏にはそれをねたんでやっかみを言うヤツもいますが、ツイッターとかインスタって、やっぱスマホの世界なんで、こっちの世界とあっちの世界の分断が激しくなって、一方の世界では華やかでこれがいいって場面が、他方の世界では本当にあり得ない世界となってしまったりと言ったことがままあります。

個人が情報を発信する時代って、マスと違って、別にこれがいいとか悪いとかっていうのは本来なくて、幸せだったり、いいと思った物を紹介するコンセプトです。

でも、やはりあり得ないとかあったりするんで、それは見ないか、気にしないようにしないといけません。

世界が違うんだな的な認識です。

タピオカが毒なのは糖質制限者の発言で、実際は毒ではありません。

でも、糖質制限者のフィルターをかければ毒なのです。

タピオカは女子の間で流行ってるみたいなんですが、その女子の仲間に付き合いで入っている子も、付き合いでタピオカ食べるのが嫌だとか愚痴ったりするのがツイッターで見れたりします。

大人の社会で付き合いでお酒を飲む感じが、女子高生の間ではタピオカみたいになったりしてます。

それもまた酷だな~って思ったりしながら楽しんでます。

結局、誰かにあわせたりって言うのがやっぱ無理があって、自然体が一番なんだと思います。

流行らそう流行らそうとする陰には、必ず無理が働き、犠牲者を生んだりします。

なんで人間って流行ったりすると一斉に始めたり、盛り上がったりするんですかね?

流行ってるからお前もな? 的なブラックさってどっから来るんですかね?

それも頭の中の話で、やっぱ自分の頭の中がそれ一色だと、他人も同じもんだと思い、強制するっていうか、そうに違いない感じなんだと思います。

結婚に対するイメージもそうだし、幸せに対するイメージもそうだし、何かしらイメージがあって、それに近づこうとするのですが、必ずしもそれを共有できているとは限らないし、共有できてない場合の方が多いです。