徳川家康

健全な肉体に健全な精神が宿る


戦国武将と言えば織田信長や豊臣秀吉が有名なのですが、真の実力者は意外に徳川家康のような気がしています。

若い頃は織田信長の斬新性や豊臣秀吉の創意工夫に目がいきがちなのですが、40代を超えると徳川家康の健康オタクに注目が及びます。

と言うのも、世の中の大半のことは健康にかかっていて、健康が基本であるからです。

あの三島由紀夫でさえも晩年はボディービルにハマって、健全な肉体に健全な精神が宿るということに気づきました。

うつ病なんかもそうなのですが、日本はどちらかと言うとメンタルを心や思いで考えがちなのですが、実際はフィジカルの問題で脳です。

栄養や血液も関係していて、このバランスが崩れると全身の血流や脳の血流も悪くなり、本来の能力を発揮しなくなると言われています。

また最近では糖質の摂り過ぎによる副腎疲労とも言われておりますが、いずれにしても病気であることに間違いはございません。

徳川家康は自身で薬草なんかも育てていたし、鷹狩りで体を動かし、そのニクを食べるのも健康法に含めていたので、やはり賢いと言わざるを得なくなります。

いろいろやるからすごいワケではない


織田信長は楽市楽座や鉄砲隊、豊臣秀吉は朝鮮出兵などいろいろやりましたが、最後に天下を治めたのは徳川家康であるという事実です。

逆に言えば信長は光秀の怨みを買って本能寺で殺されちゃいますし、豊臣秀吉は秀頼が小さいうちに亡くなってしまいます。

健康問題もバランス感覚が重要になると思いますが、多くの問題はけっこう判断を間違えないという問題のような気もしています。

判断を間違えないという仕事


40代まで生きてくると、多くの人たちは判断を誤ったことによってダメになってしまう場合が多いことに気がつきます。

逆に言えば、判断を間違えなければそれだけでダメにならないと言うこともできるのです。

たとえば空腹のときが分かりやすいと思うのですが、空腹のときってあまり物事を考えられなかったり、力がでなくなったりします。

また、夜になって疲れてきてもあまり物事を考えられなかったり、力がでなくなったりします。

そのことをよく分かっていたら、重大な判断は空腹のときや夜は避けるようになります。

そして、想像すれば分かりますが、空腹のときや力がでないときや疲れたときは投げやりになって、妥協的になったりしがちです。

なので、この状態を回避できれば判断は間違わないと言うことができたりします。

光秀の謀反にしてもケアできるものであればケアできましたし、秀頼のことも信頼のおける武将へ任せられたかも知れないのです。

病に伏せてからとかはそういう判断は期待できないので、やはり健康で健全なうちにこういう判断はくだしておいた方がいいと思います。

自分の体のことをよく知る


徳川家康で有名な逸話があって、織田信長・徳川家康連合軍で戦った際、武田信玄に三方原まで追いつめられ、恐怖のあまり馬上で脱糞した事件があります。

このときは織田信長の援軍がなかなか来なくて、やっと来たときには織田の重臣の平手汎秀が討ち死にするなど散々な敗退で、その帰路に馬上で脱糞したのです。

通常、一城の殿様であればかなり恥ずかしい出来事なのですが、これを徳川家康は自身への戒めとして苦渋に満ちたしかみ像として描かせていたりします。

それぐらい恐怖の際は体がどういう反応をするか?も痛感してますし、けっこうな死に目に遭っているので、大変な思いをしたことが想像できたりします。

織田の援軍も徳川家康を守るために駆けつけましたし、徳川家康を守るために重臣たちが命を落としてしまいました。

そのときに恐怖のあまり馬上で脱糞しながら徳川家康は浜松城目がけてウマを走らせたのです。

んで、肝心なことは多くの人はこういった恥ずかしい経験は隠しがちなのですが、やはりおおっぴらに教訓化してしまうのも徳川家康のすごいところと言いますか、健康オタク的な要素なのだと思います。

もしかしたらこの経験があったから命の重みや健康の大切さに気がついたのかも知れません。

以上、徳川家康に学ぶ健康オタクが天下を取る話でした。