普通 (2)

世界のすべてが他人事なんてけしからん?!


タレントのカズレーサーさんが世界のすべてが他人事に見えるという考えを述べていて波紋をよんでおります。


世界が他人事に見えるなんてけしからん!なんて声も想定できますが、それもあながちお門違いな発言になってしまったりします。

今までは世界は他人事ではなく当事者意識で考えていたと思いますが、つきつめて考えると他人事として考えるのもあながち間違いではない現象が生じてきたので、本日はその理由を考察してまいります。

マスメディアが問題を取り上げるだけで解決はしない


世界が当事者意識で見れるとき、それはある程度の同じ世界観と同じ理想や理念を抱えている状態であると言えます。

同じ世界観であれば理想や理念も共有できるので当事者意識として考えられるという視点です。

ですが、昨今のダイバーシティーやさまざまな人種や考えを認める世界観になってくると、必ずしもみんな同じ世界観である必要がなくなるワケなのです。

この考えが他人事として世界を考える原因になるのだと思います。

日本においてはマスメディアの影響が強いのですが、マスメディアの世界観も当事者意識でなければ理解しづらいところがあります。

今であれば新型コロナの影響で一人親世帯が生活に困窮していたり、女性の自殺者が増加している問題もあるか?と思います。


その問題を共感的に取り上げたところで、共感する人が多いことをもって問題は何も解決しない場合が多いからです。

リーマンショックの不景気も何も変わらなかったし、自分で変えていくしかなかった


私はリーマンショック以降の就職氷河期の世代でしたが、就職は困難でしたし、非正規の安い賃金で働いていたこともありました。

そのときも就職氷河期の世代を共感的に描く報道はあったものの、何一つ問題を解決することはなかったからです。


私はアルバイトから社員になったり、社員から店長になったりしましたが、それはどちらかというといい方で、引きこもりになったりうつ病になったりした人も多かったと思います。


なので、そういう世界観から当事者意識として見た場合、この現在の一人親世帯の生活の困窮や女性の自殺者の増加も、社会的なムーブメントで変えることは難しいと思うワケなのです。

もちろん、共感したり、賛同したりする自由はありますが、どちらかと言えば、人それぞれがさまざまな立場からやれることをやるしか方法がないということに気がつかれると思います。

問題を見て、共感して、やったつもりになるのが悪


つまり、テレビやマスメディアが取り上げる問題って、どちらかと言えば共感的で、ついつい見てしまう問題であったりします。

ですが、その問題に首をつっこむよりは、ご自身が今置かれている環境でできる精一杯のこと以外はやれないという現実問題なのです。

リーマンショックの不景気もそうですし、非正規の問題もそうですし、いじめや引きこもりの問題もそうだと思います。

それらの問題は昔からありますし、何ひとつ問題を解決しないまま問題として取り残されているということは、多くの人びとは共感的になりつつも何も実際は解決していないという冷徹な答えを導き出していることにお気づきになられると思います。

そして、その答えから浮かびあがることは、ご自身の置かれた環境や役職以外でできることは本当に少ない点です。

だからこそ、ご自身の置かれた環境や役職でやれることがあったらそれは精一杯、誠実に取り組んだ方がいいという話でした。

問題を解決するという意識より環境を変えていく意識


社会にはいろんな問題があり、さまざまな人種や考え方があると思います。

そしてそれは決してひとつにはなれません。

逆に言えば、ひとつになるということは大変、危険な考え方でもあります。

そして、最終的には人それぞれの問題で、自己責任ではないのですが、さまざまな環境を自分で変えていくしか方法がないのだと思います。

それはどちらかと言うと豊かになるとか?と違っていて、置かれた環境へ合わせていくという考えの方が適切なのだと思います。


個人の力ではどうすることもできない問題もありますし、世の中には理不尽もあります。


そしてそれはさまざまな見方からの問題でありますし、理不尽でもあります。

それが正しいワケでもなく、間違っているワケでもないのです。