2023-06-09 太宰治壁紙3

『東京八景』の観光名所 最後をしめくくるのは太宰治自身


太宰治の代表的な作品に『東京八景(苦難の或人に贈る)』という短編があります。

これは太宰治が東京に上京してきてから今日に至るまで、

思い出の箇所を振り返る

という手法の小説です。

走れメロス (新潮文庫)
治, 太宰
新潮社
2005-02T


初めて下宿した戸塚で知った兄の死(戸塚の梅雨)

新聞社の試験に落ち縊死未遂事件を起こしたのち、
麻薬中毒でお世話になった板橋脳病院(板橋脳病院のコスモス)

戸塚の梅雨。本郷の黄昏たそがれ。神田の祭礼。柏木の初雪。八丁堀の花火。芝の満月。天沼の蜩ひぐらし。銀座の稲妻。板橋脳病院のコスモス。荻窪の朝霧。武蔵野の夕陽。思い出の暗い花が、ぱらぱら躍って、整理は至難であった。また、無理にこさえて八景にまとめるのも、げびた事だと思った。そのうちに私は、この春と夏、更に二景を見つけてしまったのである。


ですが、ここでネタバレになりますが、

この最後の景色に、

太宰が選んだ観光名所は、

  • バスガイドがちょうど指差す方角にいて、
  • それを意識して、
  • 思わずポーズを決めこむ、
  • 太宰自身の姿

だったからです。

バスの女車掌がその度毎に、ちょうど私を指さして何か説明をはじめるのである。はじめは平気を装っていたが、おしまいには、私もポオズをつけてみたりなどした。バルザック像のようにゆったりと腕組みした。すると、私自身が、東京名所の一つになってしまったような気さえして来たのである。


読者はおそらく唖然とすると思います。

今までの東京での思い出や、

それにまつわるさまざまな景色の説明の中で、

最後の最後で、

それを説明していた太宰自身が、

バスガイドが指差す方角に居合わせたことにより、

思わずポーズを決めこんで、

その説明を聞いて、

うなずく聴衆や、

太宰の方角を向いて、

歓声をあげる観衆

の視線を一身に浴びた

太宰自身の姿

だったからです。

2023-06-09 太宰治壁紙2

周囲の目を意識し過ぎるとサービス精神が旺盛となり、ポーズを決め、人が喜ぶことをするようになる


太宰の小説に通底するこの手の問題は、

  • 周囲の目と、
  • 自己愛

これに尽きます。

  • その周囲の目は、
  • 必ずと言ってよいほど自分に向き、
  • その視線を意識することによって、
  • 演技やポーズを決めこみ、
  • 人を喜ばせよう

とするところにあるのだと思います。


先ほどのバスガイドも、

たまたまバスの窓から太宰の方角に観光名所があって、

その観光名所を指差し、

説明を加えた

のですが、

  • 太宰はそれを自分だと思いこみ、
  • おそらくそれでポーズを決め、
  • その景色に溶けこんだ

のだと思いました。

そして、言います。


私自身が、東京名所の一つになってしまったような気さえして来たのである。


確かに観光名所や景色も非常に美しいのですが、

太宰自身にしてみれば、

  • そこにいる私が一番美しい

のであり、

  • そこにいる私が一番かわいい

のだと思います。


芸術になるのは、東京の風景ではなかった。風景の中の私であった。私が芸術を欺いたのか。結論。芸術は、私である。


そして、

  • 必ず誰かに見られ、
  • 必ず誰かに噂され、
  • 必ず誰かが説明を加えている

さまは、よくも悪くも、

  • 太宰治自身の特性をあらわしている

ように思いました。

そして、こういったサービス精神は、

持ち前の性格であれば問題は少ないと思われるのですが、

太宰自身、非常に無理をしており、
それが彼の人生を疲れさせ、
早めたのかも知れません。

今となってはそう、思います。

2023-06-09 太宰治壁紙1

人が喜ぶと思ってその場しのぎで適当なことをするとあとで破綻をむかえる


  • 周囲の目を気にしたり、
  • その視線に応えるような、
  • 過度なサービス精神

は、

もちろん、

  • 自己愛によるもの

で、

  • 周囲にいる人たちも大変喜ぶ、

のですが、

それにより、

  • 当人が大変苦労し、
  • 大変疲れる

ようであれば、

それはそれで、

  • よく自分のことを理解していない、
  • 太宰治の幼さ

なのかも知れません。

三島由紀夫のように、

なんでも、

  • イエスか?
  • ノー

で答えたり、

  • 好きか?
  • 嫌いか?

はっきり白黒つけるタイプもそれなりに消耗しますが、

  • どっちつかずの、
  • 誰にでもいい顔をするのも、
  • それはそれで問題は多い

のかも知れません。


特に太宰治の場合は、

こういった、

  • 誰にでもいい顔をする性格

が問題で、

結局、最後に

  • 嘘や矛盾が出てきて、
  • 本人自身が苦しむことになる事例

が枚挙にいとまがたちません。

それはおそらく、

  • 人が喜ぶと思って、
  • その場しのぎに適当なことをする

『東京八景』の主人公のようだからです。




東京百景 (角川文庫)
又吉 直樹
KADOKAWA
2020-06-12