「産んだら大変とばかり言う」

「産んだら大変とばかり言う」理由がある


麻生太郎財務相が18日の衆院財務金融委員会で、少子化の原因について「『結婚して子どもを産んだら大変だ』ばかり言っているからそうなる」などの「持論」を展開しました。


日本人の場合、このような

  • 言う?
  • 言わない?や
  • ダメ!や
  • 禁止

的な規制によって物事を眺める傾向がございます。

ですが、肝心な点はそのような発言が出てくる背景であって、『結婚して子どもを産んだら大変だ』と言わせている日本社会だということに気づいていません。

原因と結果を眺めて本質を理解する


物事には原因と結果、本質がございます。

そしてこの『結婚して子どもを産んだら大変だ』という発言は原因があっての結果の発言であって、それを言う、言わないの次元ではないということはご理解いただけると思います。

つまり、麻生太郎財務相の発言は

  • 『結婚して子どもを産んだら大変だ』

という論旨であって、

  • それを言わなければ結婚して子どもを産んだら大変じゃない

という結果になるという滑稽な論理になるのです。

これはマインドと一緒で、気持ちの問題です。

以前、環境が精神に与える影響を考察しましたが、精神で環境を変えることはできないのです。

これは哲学で言えば観念論と唯物論の違いに相当します。

観念論と唯物論について


日本人が観念論の傾向が強くて、観念論者の傾向があるということは私は青木雄二から学びました。

それはどういうことかと言うと、

  • 『結婚して子どもを産んだら大変だ』

と思うから子どもを産まなくなるという発想です。

そして、

  • 『結婚して子どもを産んだら大変じゃない』

と思えば子どもを産むという発想なのです。

これほど滑稽なことはありません。

まさに老害ジャパンの真骨頂です。

一方の唯物論の立場は、

  • 『結婚して子どもを産んだら大変だ』

という環境を重視します。

そして逆に、

  • 『結婚して子どもを産んだら大変じゃない』

という環境を整える発想です。

つまり、この最初の思いや発言が出る環境を考え、そう思わないように、そう発言しないような環境を作る試みが唯物論と言われる人の立場や考え方です。

環境を考える場合の例


  • 『結婚して子どもを産んだら大変だ』

と言うとき、その原因を特定します。


つまり、

  • 子どもを育てるために体力的に大変なのか?
  • 経済的に大変なのか?
  • 物質的に大変なのか?
  • おむつや食品などの調達が困難であるか?

その他、

  • 『結婚して子どもを産んだら大変だ』

という要素を抽出します。

そして、この大変である要素にアプローチして、大変だと言わせないような環境を作るのです。

もちろん、みんな同じではないし、個々人によっても違いますが、少なくとも

  • 『大変じゃない』

と言わせる環境作りを模索します。

Gaman is beautiful!


新型コロナの対策もそうですが、日本の場合、観念論が支配している割合が高く、それが問題の解決を困難にしている感じが濃厚です。

科学的な物の見方もそうですし、唯物論的な物の見方もそうなのですが、

  • ついポロリと出る本音や我慢しているその現象

こそ問題を解決し、それらを払拭しないことには前には進めないと思うのです。

日本人はとかく我慢が好きで、我慢によってなかったことにするきらいがあります。

ですが、その我慢の背景には心で思ったことに嘘をつく現象が隠れているのです。

そして、私がそう思って我慢したということは、他の人もそう思い我慢している可能性が高いのです。

現に、

  • 『結婚して子どもを産んだら大変だ』

って言われてるということは、結婚して子どもを産んだら大変なのです。

それを逆に、

  • 『結婚して子どもを産んだら大変じゃない』

と言い換えたところで問題は解決しませんし、少子化も解決しない問題だと思います。

なので、麻生財務相におかれましては、

  • 『結婚して子どもを産んだら大変だ』

と言わせない財政政策や子育て環境を整える政策を実行していただきたく強く要望いたします。