健康保険

介護という仕事への無理解が潜んでいる


神戸地裁で元幼稚園教諭の22歳女性が同居していた祖母の殺害を認め、
  • 「介護で寝られず、限界だった」
と語りましたが、検察側は「冷静な行動」と完全責任能力を指摘するニュースが話題になりました。


このニュースもそうですし、一連の介護の果てに殺害へ至ってしまう背景には、どうも介護という仕事に対しての無理解が潜んでいると思います。

本日はその点を深く考察してまいります。

介護の仕事は育児の仕事とまったく逆方向の仕事


育児の仕事が、

  • 赤ちゃんが言葉を覚えたり、
  • 自転車の補助輪をはずして乗れるようになった

というのとはまったく対照的に、

介護の仕事は、

  • おばあちゃんがアクセルとブレーキを踏み間違えたり、
  • 私の名前すら分からなくなった

という逆の道をたどります。

つまり、育児は、

  • やればやるほど赤ちゃんが覚えていったり、伸びていくのに、
  • 介護はやればやるほど忘れていったり、できなくなっていく

点なのです。

これが両者を分かつ決定的な違いであり、殺害してしまう原因であるとも思っております。

家族の介護は何の報酬もえられない、やりがいさえも


介護職であれば介護をすれば給料などの成果報酬がもらえます。

育児であればお母さんやお父さんが参加したとしても、赤ちゃんが言葉を覚えたり、補助輪をはずして自転車に乗れるようになったというやりがいを受け取れます。

家族が介護する場合、何ももらえないし、何も受け取れないのです。

むしろ事態は刻一刻と悪くなるばかりで、やればやるだけできないことが増えていく点が考慮されておりません。

介護における二つのジレンマ やらない介護のススメ


最近の新しい介護の理論では、あまり手をかけません。

自立支援がメインになります。

それはたとえば昔の介護が手あつくケアをおこなったことにより、機能低下が起こり、逆にケアが必要な人たちを量産してしまった過去の反省によるものです。

これは育児にも当てはまると思いますが、手をかけたり、ケアした方が仕事をする側は楽なのです。

ですが、手をかけられたり、ケアされた方はあまりよくできなくて、全部やってもらう場合、最悪、逆に何もできない人になってしまう場合が往々にあるからです。

これは自立支援や自立の考え方で、本来、個人の自立がテーマになります。

つまり、自分一人でできる状態を維持するワケなのです。

そして、やる方はやってあげた方が早いと考えます。

これは育児でも職場でもよくある事例です。

ですが、それはかえって人をダメにしているのです。

そして、やった方はやはり疲れますし、自分がいないとダメになります。

私の母親は専業主婦でいろいろ手をかけてくれましたが、その分、私は大人になってからも何もできませんでした。

はじめて店長になって一人暮らしをした際、泣きそうな顔で料理を作った記憶があります。

それもそのはず、今までやってくれたものを明日から急にやれって言うのは無理ゲーなのです。

  • いい大人なのに…

と本人はその罪悪感でさらにうつになりますが、それは逆に今まで甘やかされてきたからで、当然の結果なのです。

できなくて当たり前なのです。

クマと私

罪悪感を抱く必要はまったくないのです。

ライオンはライオンの子をせんじんの谷に突き落として這い上がってきたものを育てますが、大人になってからせんじんの谷に突き落とされると体が大きくなった分、ダメージがでかくなるということを指摘する人は数少ないかもしれません。

よく老害上司が、

  • この職場はオレがいないとダメだな?

と発言したりしますが、正直それはなんの自慢にもなってなく、むしろ自分の無能さをあらわしていることに気がついていません。

ウチの母親と一緒です。

ではなくて、自分がいなくてもできるような環境を維持することが最近の自立をめぐる考え方の変化だと思います。

現におばあちゃんでも、普段一人で車いすからベットへ移乗するのにわざとケアを必要な行動をとったりする場合があります。

その際、介護職の人たちは心を鬼にして、

  • おばあちゃん、いっつもできるじゃない?
  • 今日は調子悪いの?

ぐらいで、おばあちゃんへその行動をうながしたりします。

そして、体調が悪くない限りは、おばあちゃん自身が車椅子から立ち上がったり、ベットへ移乗してほしいのです。

これは冷たくしているのではなく、介護職の人がやってあげることは簡単なのですが、やってあげることによっておばあちゃんの体が使われなくなり、機能低下してしまうからなのです。

そして、これが全体におよぶと、ケアが必要な人が逆に増えてしまうことになるのです。

なので、時間もかかりますし、コミューケーションも必要なのですが、介護やケアの場合、極力手をかけないで、自分でやってもらう方をメインにします。

その方が介護職もケアする人も疲れませんし、介護される人やケアされる人の機能低下も起こらないからなのです。

なので、今介護をされている方や介護職の方はいま一度、間違っていないか?

確認された方がいいと思います。

ロボットのような検察官とその判決


介護はこのように、できないことが増えていく中で、いかにできなくならないか?に努める仕事です。

なので、育児とは違って、絶望へ向かっていきます。

親や家族であればなおさらのことだと思います。

ガンの闘病にも同じことが言えますが、やって目に見えて結果が出れば人は安心します。

ですが、やったことが裏目に出て、それがことごとく続いていく場合、人間的に冷静な行動ができると言えるのか?

非常に疑問なのです。

最近は頭のいい人が増えたせいか?
非常に高度なことを理解しているのか?

人間の冷静な行動が一人歩きしているように思うのです。

ただ人へあまり期待するのも違うと思いますし、疲れて殺害するぐらいならやらない方がいいとはなるのですが、それはやってみないとわからないことだったりするので、今からやる人は以上のことを注意して介護を行なってください。

以上、たった1人の介護の果てに祖母を手にかけた22歳の女性の判決を当事者意識で考える話でした。