きれいごと12301

本音を押し殺して建て前で生きる日本人


日本ってけっこうきれいごとを引きずっているのでストレスが溜まるんだと思います。

んでなんでそういう事を思うのかというと、ツイッターとかで海外の情報も入手できますし、何よりも日本だけがきれいごとにこだわって、少しおかしくて、かなりズレているという点です。

特に人間に関する事と言いますか、みんな仲良くできる幻想って、とっくに海外では通用しなくて、人に何か嫌な事をされたら忘れようっていう教育方針が小学校にもあるぐらいです。

んで、仲良くできるときれいごとを並べますが、実際、戦争とかもやった歴史があるので、仲良くできてませんでしたよね?って話です。

海外の人ってやっぱ現実を直視すると言いますか、そういう歴史があるからかそもそも仲良くなれない現実を見てますし、だからこそ争いを避ける為の教育方法で忘れることを勧めてます。

なので環境問題もそうなんですが、どちらかと言うときれいごとを言わないで現実を直視した上で対策を考えた方がいいような気がするのです。

少なくとも海外の人って、もうきれいごとで済まない事を理解してますし、きれいごとじゃない汚いことを前提にして対策を考え始めてます。

仲良くできないことを理解する勇気


なので、日本の場合、仲良くするもそうなんですが、起きてしまったことに対してもきれいごとを大上段に構えて叩いたりする文化もあるので、多分、成長が止まっているのだと思います。

仲良くできないのもそうですし、仲良くした方がいいのですが、実際、現実には好きな人と嫌いな人が存在している現実があり、その現実を受け止めてどうしようか考えるのが人間らしい考えだと思います。

よく現実を受け止めなきゃっ!っていう育毛剤のCMなんかもありますが、この髪がないという現実も受け止めるのには勇気がいりますし、でも髪がないのを受け止めないと何も対策が取れないという結果の現れなのです。

なので、嫌いな人がいる前提で嫌いな人とどう付き合っていくか?という対策も練らないよりは練っておいた方がいいのです。

だって、みんな仲良くはできませんので…。

んで、不倫とかもそうですし、好きと言って結婚したものも別れますし、んで、別れたのが悪いんではなく、人間ってそういうものなので、見る目がなかったとか、誰かに取られたとか、そういう現実もあるという現実という事です。

きれいごとが正解ではなく実際に起こっていることが正解


起こった事って仕方がなくて、その中で人間は生きているので、その決断の一つ一つが結果なのだし、きれいごとを並べて型にハメてジャッジする方がおかしいのです。

それって、よく現実を捉えきれてない人のやることで、現実ってそのまま現実なので、悪いことって法律を犯さない限りないワケなんです。

でも、頭の堅い人はそのきれいごとを並べてそれはおかしいなんて批判し始めますが、でもそれって昔と今で価値観も環境も変わってますし、んで、今って今一回きりの人生なんで自分で判断するしかないワケだったりします。

思考停止で昔ながらの価値尺度ではかりたい気持ちも理解できますが、度量衡って言葉がある通り、時代によって尺度も変わってくるということを理解できない人が多いような気はしています。

んで、やっぱテレビが悪いと言いますか、テレビってけっこうきれいごとを流すので下手すりゃそれに犯された考えに陥ります。

でも、現実の人間って、現実の環境から考えて判断して生きていく動物なので、過去の環境や価値観を持ち出されても困ってしまいます。

だって、インターネットとかメールがある時代に電話とかポケベルの話されても何一つ興味が湧かないですよね?

そんな感じでよく分からない考えも存在していて、多分、そういう人とは話が合わないし、理解するように努めることもできますが、そもそも考えとか価値観って違って当たり前なので考えとか価値観の違う人は忘れるようにするしかない話だったりします。

以上、まるで学校教育! 現実を見て見ぬフリをする きれいごとの話でした。