村八分


マスクをするのは常識なのですが、ピーチ機上でも食事をするときはマスクをはずすらしいので、まったく単なるイメージの問題であったりします。

こういった、
  • マスクをしているのが常識で多数派、
  • マスクをしていないのは非常識で少数派、
といったイメージから不安や恐怖は生まれるのだと思います。


マスク自体有効であるか?どうか?科学的根拠なし


そもそもマスク自体、科学的な根拠はまだ確立されておらず、イメージ的に感染予防に効果的らしいレベルの話であったりします。

ある程度、空気環境についての知識のある方であれば、空気中には微量ながらもホコリや粉塵が舞っていて、目に見えるものではなく、見えない物の方がよく舞っているのです。

たとえばガソリンの排気ガスでも見えないですが宙に舞っていて、それを指差して環境破壊だって言うヤツはいないのに似ています。

なので、もし新型コロナウィルスが舞っていたとしてもマスクでは防げない可能性の方が強く、ちょうど排気ガスをマスクで防ぐイメージに似ていて、それはやはり目に見えないのですが、微量ながらも舞っていて隙間から入りこみます。

だって、酸素を吸うってことはそういうことなのです。

マスクも微量ながら穴があいていて、目に見える穴ではないですが、穴自体がないと空気すら入ってこないのですよ。

目に見える物や知覚できる物だけが怖い


人間はどうも目に見えたり、知覚できる物にしか気がつくことができず、それはけっこう単純なイメージである場合が多いです。

なので、

  • いくら科学的にこうなるんだ!

と説明したとしても、やはり実際に目で見て知覚しないと覚えられない感じなのだと思います。

ちょうどコペルニクスが地動説を唱えて裁判にかけられたように、天が回っていて天動説で習ってきていると、

  • 何を言ってるんだ!

状態になるのだと思います。

マスクも今は常識で多数派なのですが、それも今なだけだと思います。

マスクを着用しなかったお客さんがつまみ出されたことはご愁傷様ですが、何事も新しい価値観や新しいやり方というのはいつもつまみ出される好事例であったりします。

ガマンしろ! それぐらい文化


今でこそタバコは悪なのですが、三島由紀夫が東大で講義した際は普通に大学の構内でタバコを吸ってましたし、受動喫煙なんて言おうものなら、

  • ガマンしろ! それぐらい

が常識でした。


そのぐらい常識は変わります。

また、夫婦別姓なんかも、はじめは女性が姓を変えたくないなわて言おうものなら、

  • ガマンしろ!それぐらい

が常識でしたが、欧米は違うということや日本独自の文化であることを悟ると、急に恥ずかしくなって何も言わなくなりました。

なので、多分、このマスクの着用を拒否してつまみ出された件も、何年かのちにはなぜあのときあんなことをしたのか?

かなり滑稽な事件として語り継がれることになりそうな気配であったりします。

とりあえず恐怖があまりよくなくて、

  • あなたが正しいか?どうかよりも
  • なによりも受け手の多数派がどのように考えるのか?

が村八分社会ではなによりも重要である気しています。


そして、その常識なり多数派の考えが、欧米と異なったり、日本独自の文化であることに気がつくと急に恥ずかしくなり、長い物には巻かれる文化もMurahachibu(村八分)特有のものであります。

マスクもやがて半々ぐらいになる頃には、こういった事件も減ることでしょう!

以上、マスク着用を拒否する人を排除する村八分制裁の話でした。