Kim Kyung Hoon / Reuters 森会長

怒ると人が逃げてゆく現実


森会長が女性に対して差別的発言をしたことが問題となりました。


その後の記者会見でも逆ギレして逆ギレ会見と命名されるぐらい怒りをあらわにしたことも問題になりました。


  • 「面白おかしくしたいから聞いてんだろ?」

っていうのは実際、その場に居合わせた記者の誰ひとりも口にしていない幻聴なのです。

以前、怒る感情は利用されやすくいかにムダな時間を過ごしてしまうか?について考察しましたが、なかなか伝わらないのでよく考える方法からアプローチを深めてまいりたいと思います。


怒ってしまうのは悪くない 自然な感情


怒ってしまう感情は自然な感情です。

怒るのがよくないと言っているワケではなく怒る感情は自然な感情なのです。

ですから頭にキタ際は思いっきりスッキリした方がストレス解消につながります。

ただこれには

  • 自分一人で解決する場合と
  • 他人を巻きこむパターン

があるので、他人を巻きこむパターンはその後の関係性も含めて何かとリスクの方が大きくなるのが実際なのです。

争いごとを観察していると、怒りの場面に遭遇したりします。

そして、そこで怒ってストレスを解消すると、その場に居合わせた人たちはドン引きするのであとから関係性の修繕に努めるハメになります。

つまり、スッキリしますがその場に居合わせた各人に対してそれ以上の気を遣うハメに陥っているのです。

それが信用をなくすと言うことであるし、失った信用を取り戻す作業の方が難しいのかもしれません。

それを見たとき、こう思いました。

  • だったら初めっから信用は失わない方がいいと…。

そうすれば怒るのをやめると思います。

怒る以上の時間があとで請求されるからです。


怒るとだんだん盛り上がってゆく 怒りのヒートアップ作用


怒るのは簡単だし、自然な感情であるのですが、怒ることによってだんだんとヒートアップし、盛り上がってしまって今まで我慢してきたことが次から次へと走馬灯のように浮かんできて爆発する現象も確認できます。

つまり、

  1. 怒りのポイントがあり、
  2. 怒りの出来事がある

のですが、そこで怒ることによってヒートアップしてゆき、怒りのポイントや出来事以上の怒りに発展してしまう点です。

これは怒りのポイントや出来事を着火点として、今まで我慢してきたことや不満に思ってきたことが吐き出される問題です。

森会長の事例はこの事例に当たると勝手に解釈しています。

つまり積もりに積もった事象が何かの拍子に吐き出される問題です。

なので、そもそもの怒りポイントや怒りの出来事はどうでもよくなって、それを着火点にして日々の我慢してきた事柄や不満に思っていた事柄が吐露される点なのです。

男性主事は「同僚職員が職場近くの公園から飛んでくる虫をよけるため噴射した殺虫剤が、自分の机の上に垂れ落ちることに日頃から不満を感じていた」などと説明しているという。

これはお酒に酔っ払った状態に似ていて、怒りポイントにより血流や心拍が活発になり、日頃のストレスが爆発するタイプに多いと思います。

でも、それは日常の不満なのです。

常日頃、我慢していたり、不満に思っていたことが何かのきっかけで暴露される点です。

もしそのことがあらかじめ想定されるのであれば、小出しにしてガス抜きをおこなうか?その怒りのポイントだけにおさめるか?しないと被害は甚大になります。


なので、怒りモードに突入した際はこの傾向がある人ほど冷静になって頭を冷やすことをオススメしております。

怒ると計算ができなくなる 怒りの暴走超特急


私たちは常日頃、健康で文化的な生活を営んでおります。

働いてお金を稼いで、稼いだ中から欲しい物を購入してあまったお金は貯金をしたりして生活していたりします。

ところが怒ってしまうとそういう日常から常軌を逸してしまい計算ができなくなる問題がひそんでいることに気がつく人は少ないと思います。

酒気帯び運転であおり運転をする事件が秋田県でありました。

酒気を帯びた状態で車を運転し、幅寄せを繰り返すなどのあおり運転をしたとして、五城目署は10日、道交法違反(酒気帯び運転、あおり運転)の疑いで三種町の40代自営業男性を秋田区検に書類送検した。


本来であれば酒気帯び運転じたいが犯罪なので逃げるべきなのですが、怒りの方が大きくなると酒気帯びなのにあおり運転をする事件まで発展するのだと思いました。

通常は酒気帯びでも犯罪ですし、捕まれば運転もできなくなるし、働けなくなってしまうかもしれません。

ですが、怒ることによってそれらも考えなくなり、逆にあおり運転をして捕まりに行くような行動を起こしてしまうのです。

主にリスクの計算になるのですが、常日頃計算されていたものが何かの拍子に台無しになるようであれば、いい人も考えるものである気がするのです。

太宰治も人にあわせて自分を偽って薬物依存になっていたのですが、やはり自分を偽ることは体に悪く、怒りの拍子に出現したりするものと思っています。


日頃の我慢や不満がない状態が理想なのですが、溜めたところで出るものはでますし、それが怒りポイントである場合が多いのです。

そういう学習の境地になれれば怒りこそ魔の誘惑になるので、まんまとその手には乗らないと身がまえる工夫が必要になってくるのだと思います。

怒ってストレスを解消するのは非常に気持ちのいいことです。

ただそのかげでは泣いて我慢をしたり、不満に思っている人も出てくるので、挽回するのにかなりの時間を要します。

であれば、やはり怒らない方が正解なのです。

速やかにやり過ごしてスルーした方が時間もお金も有効に使えると思います。