正義

日本では責任のある立場の人がとんでもないことをする


オリンピックの演出で渡辺直美さんにブタの演出をした演出家の方が引責辞任をしました。


オリンピックの演出責任者の方です。

日本にはどこか、

  • 笑いのためには人をバカにしていい文化があったり、
  • それにより笑って許す文化がある

のですが、

  • 笑って許す

と言うことは本来ありません。

それは、

  • 善いのか?
  • 悪いのか?

といった話だからです。

  • 笑ってごまかすのは、

  • 多分、なかったことにする

ためだと思います。

ですが、人間がやってる行為な以上、なかったことにできるワケではなく、基本的に甘い国民性である理由を考察したいと思います。

人をバカにしたら人をバカにしてもいいということを伝えている


仏教には、

  • 『因果応報』

という言葉があります。


それは原因には結果があって、原因により結果が生じるとする考え方です。

それを人間の業と言ってみたり、おこないと言ってみたりしています。

つまり、

  • 人をバカにすることがなぜいけないのか?

と言うと、

  • 自分が人をバカにすれば、
  • 人にバカにされることが許される

からなのです。

  • 原因があって結果が応じます。

と言うことは、

  • はじめに人をバカにすれば、
  • その人もバカにされることを許容する

社会ができあがると考えます。

これが因果応報で、

  • 人をバカにしたら
  • 人をバカにしていいし、

  • いじめたら、
  • いじめをしてもいい

ということを容認してしまうことになるからなのです。

悪いおこないは自分のみならず息子や娘、孫の代にも影響がおよぶ


人間は都合がいいもので、

  • 自分はバカにしても
  • いざ他人からバカにされると怒ります

が、原因のはじめは自分であったはずなのです。

そして、この因果応報は自分のみにかかわらず、

  • 自分の家族や
  • 自分の息子や娘や孫

にまで引き継がれるからやめましょうよ!

っていう考え方です。

なので、

  • 人をバカにすれば、
  • 人にバカにされることを許容します。

  • いじめをすれば
  • いじめをされることを許容します。

そして、それは自分の代だけではなく、当然、息子や娘や孫の代にも引き継がれるワケなのです。

その状態になってから、

  • STOP!や

  • やめましょう!

と言ってもそれは引き継がれた事象であって根絶することは困難となるのです。


なので、はじめからしない方がいい理由なのです。

よいおこないも悪いおこないも記憶にきざまれ、やがて記憶に苦しめられる


そして、一番おそろしい点は、

  • そういうことほど記憶に残り、
  • その記憶に苦しめられる

点なのです。

つまり、

  • 人をバカにすれば
  • 人をバカにした記憶が残ります。

そうなると、何か起こった際、

  • 人にバカにされていると思い込みます。

  • 人をいじめれば
  • 人をいじめた記憶が残ります。

そうなると、何か起こった際、

  • 人にいじめられると思い込みます。

それはどちらかと言うと、過去の自分のおこないの記憶から苦しめられているので、本人がそう思い込むところに問題があります。

つまり、

  • 治る見込みが乏しくなります。

それは過去に戻っておこないを修正することは不可能だからです。

なので、最初っからやらない方がいい理由です。

シェイクスピアの戯曲には、

  • 『ブルータス、お前もか』

ってゆう有名な一節があります。



それはシーザーが暗殺される前にブルータスに言った言葉なのですが、この裏切りも、

  • 自分が裏切れば、
  • 他人に裏切られることを許容することになるのです。

そして、それは記憶にきざまれ、何かの拍子に思い起こされ、恐れに変わるからです。

なぜなら、自分がやったことは人間のやったことであり、それができたということは他人もできるということを意味するからです。

  • 自分が裏切れば、
  • たとえ見つからなくても裏切った記憶は残り、
  • 見つからなかった記憶も残ります。

自分が裏切ったので、

他人も裏切る者との認識ができあがって疑い深くなってしまうからです。