自分

病気になりたいのか? 不安を煽る医者たち


感覚に敏感な「HSP」という病気があるみたいで話題になりました。


他者に共感して疲れやすいのでうつ病や不安症につながる懸念があるみたいです。

ですが、よ〜く考えてみてください。

他者に共感して不安症になりやすい人がこれ読んだら、

自分も

  • HSPかも?!

って思ってしまいます。

ですが、安心してください。

それは、それ読んだからです。

今までそう思わなかったってことはそうじゃないので、気にせずに生きてまいりましょう!

不景気になると医者も稼げません。

なのでマスコミとグルになり、人びとの不安を煽って、なんとしても病院へ来てもらおうとあの手この手を考えます。

新型コロナのPCR検査も聞くところによると医師会なんかとグルになっているので不安を煽ってる説があります。

これは定かではありませんが、そういったうがった考えもできますので、本当に必要な物だけ受診するようにしてください。

集中できない なら、集中するな!


私も発達障害の傾向がございます。

というのも幼少期より『几帳面で杓子定規』な性格だったからです。

この『几帳面の杓子定規』という単語は親に言われたので今でも根に持っています。


それぐらい几帳面で細かいことが気になり、杓子定規で考える性格でした。

キレイ好きなのもありましたし、長さなんかも何cmか分からないと気がすまなかったり、

  • 片方が5cmだったらもう片方も5cmでなければならない

徹底ぶりでした。

今でもメルカリなんかに出品する際、

  • 肩幅が42cmなのか?
  • 43cmなのか?

何回か測り直すことがあるぐらいです。


多分、多くの人は42cmで妥協するのですが、測り方が悪いのか?もう一回測ったりするので、それはそれは疲れます。

ですが、それは考えようによっちゃあ、計測は確かであったり、こだわりがあるので、そのご自身の性格は大切にした方がいい話です。

こういう性格なので、何かに集中したとしてもイチイチ疲れるので集中力が続かない場合もあります。

ですが、安心してください。

集中し過ぎるので人より早く疲れるのです。

それに集中力が続かないのならば続ける必要はありません。

それはご自身の性格なので無理して続けないで、ただちにやめてください。

よくブラック企業なんかでは長時間労働を続け、自殺してしまう人が多発しています。

そういった問題を考えるとき、集中し過ぎも困りものなのです。

ただちにやめましょう!

片づけられない なら、片づけるな!


発達障害の目安として片づけられないもあったりしますが、本来、片づける必要はありません。

日本はせまい島国で、かつ会社や家で共同生活を送るために片づけが必要なだけです。

たとえばなんですが、発展途上国のだだっ広い大地に囲まれた地で片づけられないと言う悩みは出てこないと思います。

そして、片づけられないとしても周りの人も片づけできないので気にならないのです。

人の目

日本の場合は事情が違って片づける人が多いから片づけられない人を発達障害と決めがちなのですが、みんなが出来ることをできないだけで発達障害ではないのです。

それはみんなが片づけしてキレイな所に住んでいるだけで、汚い所を見ると

  • 『片づけができない人だ』

と思うだけで、発展途上国のだだっ広い大地に囲まれた地を見て、

  • 『この国の人たちは片づけができない人たちだ』

と不快な顔をする人は誰ひとりいないのです。

んで、その人たちを発達障害と言う人もいないのです。

24時間テレビなんか見てても…。

それはきっと、誰かのために言ってます。


落ち着きがない なら、落ち着くな!


落ち着きがないと注意欠陥多動性障害なんて言われたりしますが、落ち着く必要はありません。

人はだまっていても年をとれば動かなくなります。

秋田県の高齢者なんかを見ていると、

  • いるか?
  • いないか?

わからない感覚なので、

  • 幽霊か?

と思うときもたまにあるぐらいです。

まさに、

  • 動かざること山のごとし

です。

誠に失礼なのですが…。

多分、多くは世話をする大人の人が困るので落ち着いた方がいいと言うのです。

私も落ち着きがなくて学校で怒られたり、うるさ過ぎて1人だけ席を離されたりしたことがありました。

なんかしなければいけない空気もありますし、普通に先生に消しカスを投げたり、消しカスを投げるのが面白くて大きい消しゴムを用意する徹底ぶりでした。

小学校3年ぐらいだったと思います。

その頃は勉強よりも学校の先生の後ろの頭にいかに効率よく消しカスを当たることができるか?にこだわってました。

そして、それがうまく当たればみんな笑ってくれるので、それが生きがいになってました。

ですが、あるとき先生に見つかってしまって、1人だけ席を離され、

  • 「なんで大きい消しゴムなんだ?」

と質問されてからはやめました。

急に恥ずかしくなったからです。

このように落ち着きがないことでもある限界までやり続ければ、それをやらなくなります。

なので、その限界にブチ当たればみんなやめたりします。

そして、落ち着きも取り戻します。

最近はおりこうさんな大人が多いせいか?何かあればまずいや他人に迷惑をかけたら困ると思う人が多いので、何でも病気にしてしまっていると思います。

ですが、私のように落ち着きない人もいますし、『几帳面で杓子定規』な大人でも正常に生活が送れているので、何とかなる話であったりします。

そして、一番の問題は病気になったところで生きていかなければならない話です。

病気であろうが、なかろうが、生きてゆくのです。

だったら、病気でなくてもよくないですか?