ニーチェの「神は死んだ」が投げかける意味


ニーチェという哲学者がいます。

「神は死んだ」という発言で有名な方です。

「神は死んだ」という真意を簡単に説明すると、それは今まで常識的だった道徳的な物、たとえば宗教とか善悪とかそういう物の考え方より、人間的な健康を大切にした方がいいという観点です。

もっと簡潔に表現すると、道徳や宗教によって苦しまされているとしたら、そんなのガン無視して自分の本能に従って生きたらいいという過激な発言です。


若いとき勉強しましたが、今考えてみるとまさにおっしゃる通りで、たとえば戦争もどっちかの正義の為に始まり、世界をめちゃくちゃにしましたし、過労自殺なんかまさにそうだし、家族を持って子供をもうけてそれを養うために自分を殺してしまうなんて本末転倒な感じがします。

宗教的、道徳的なバイアスが邪魔


今も時代の変わり目にあって、そういう道徳的なもののバイアスが正直邪魔になります。

たとえば弱者を守る、高齢者を守る、女性を守るなどです。

そういった面は主にマスコミが空気として流しますが、余裕があったら守るぐらいの感覚でよく、今みたいに一億総非正規(笑)であれば正直、そんなのガン無視でいいと思います。

幸せになれないので…。悲しいですが、それは私も悲しいです。

悲しいですが、私も悲しいので、私の健康を損ねないよう、せめて私はそれらの空気をガン無視させていただきますという方が正解だと思います。

ある意味、ニーチェは正しいです。

空気的なもっともなことはこの世に存在していて、それは守られる方がけっこうですが、時代と状況によってそれが維持できなくなる日もまた来ます。そういうとき、健康や精神を害してまで守らなくてもいいよという考えです。

ルールや秩序よりも命優先の考え


生存の危機はなによりも優先されるべきです。

極端な話、イジメ自殺や過労自殺で遺族が出てきたりしますが、正直、遺族も同罪で、イジメる側と変わりはないです。マスコミは弱者保護の観点なのか、被害者の側にもっていくのが大好きです。

でも、イジメれらた側でも安心できる環境があれば、健康と精神の安全を維持できる環境があれば自殺はしません。

同じく、過労自殺も疲れている人が安心して休息を取れる環境があれば自殺はしません。

自殺って想像してみれば分かると思いますが、多分、そんなに簡単にはしないと思います。

世の中の空気的な感じ、道徳的な感じが追い詰めるのだと思いますし、それに追い詰められているのだとしたら、私はガン無視した方がいいと思います。

イジメられて自殺するぐらいなら、いったん家族とは違う場所、学校などすべて切り離して生活してみればいいんじゃないんでしょうか?

過労自殺であれば会社も辞め、家族も捨て、いっそ一人になって環境を変え、気楽に暮らしてみてもいいんじゃないんでしょうか?

ニーチェが言いたいのはこういうことだと思いました。

でも、それができない空気があるのも事実なので、逆にそういう空気はガン無視でいいと思います。

だって、それは生存の危機だし、まずは生き残る為を最優先に考えるのが一番人間的なのではないでしょうか?