お酒

思いどおりにいった歴史は存在しない


新型コロナの影響でみんな非常にピリピリしてますが、原因の大半は思いどおりにならないということであったりします。

先行き不透明でお先も真っ暗ですし、安定や安心という言葉もなくなりました。

まずはそのことを理解した方がいいように思います。

逆に言えば、お先が明るい方がおかしかったし、安定や安心の方がおかしかったとも言えるのです。

そんなに世の中、順風満帆の時代はなかったように思います。

かの戦国時代でも、騎馬隊の時代にまさか鉄砲隊が出てくるとは思いもよらなかったことです。

そして、戦国時代なんてあったのに、

  • 何回戦争をやるの?

って言うぐらい、歴史はこりずに繰り返されたりしています。

なので、我々がいくら勉強したところで、かつ二度としないと誓ったところで、現実は意外に思いどおりにすすまないもので、何かの拍子に歴史は繰り返されたりするものだという認識でいます。

思いどおりにならないときチェッ!と舌打ちが出る人


思いどおりにならないとチェッっと舌打ちが出る

青信号を通過しようとした際、赤信号に変わるとチェッっと舌打ちが出たりします。

それは青信号で通過しようと思い描いていたからです。

寸でのところでそれが赤信号になり、思い描いていた世界とは違ってしまったからです。

ですが、それはあなたの頭の中の世界であって、信号はたえずある一定の間隔で青から赤に変わりますし、赤から青へ変わったりしています。

あなたがたまたま通過しようとしたときに赤信号になったからといって、それに腹を立ててはいけません。

心配するけど苦しむ姿や落ちこんだ姿は見たくない


弟をガンで亡くした経験があって、ガンは不治の病で思いどおりにならない典型だと思います。

それもそうなのですが、家族の問題として、心配はするけど苦しむ姿や落ちこんだ姿は見たくないという矛盾も抱えています。

これは家族ゆえの病だと思いますし、人間は必ずしも合理的でないという典型である事例だと思います。

ガンを治すために放射線治療や闘病生活が送られるものだと思います。

他人事であればテレビなんかでドキュメンタリーを見ている景色だと思われますが、実際には悩んだり、苦しんだりがあり、家族であれば不条理なドラマが展開されるのです。

それと言うのも本人は悩んだり、苦しんだりしていますが、家族はそれをあまり見たくないという心境になったりします。

これは介護なんかにも共通していて、家族と言うのはどちらかと言うと元気な状態を見たいものです。

悩んだり、落ちこんだり、苦しんでいる姿は極力見たくはないのです。

だからこそ、介護の果てに殺してしまったり、弱さを見せられなくて薬物やアルコールへ依存してしまう問題も潜んでいるように思います。

実際、介護なんかだと常日頃は夜になると旦那さんの愚痴を言っていたおばあちゃんが、お昼になると
面会に来た家族と穏やかに話すのですが、また夜に同じことを繰り返したりしています。

  • 旦那どんだけ憎いの?

それを家族が知っているのか?知っているからこそよそに預けたのか?はさだかではありません。

太宰治のように演じるではないのですが、家族ほど元気な状態を思い描きますし、元気な状態を期待してしまうのです。

逆に元気じゃないと

  • いつものおばあちゃんじゃない!

ってなってしまうのかも…。

そこを鬼のような鉄の意志で眺められる人って少ないと思います。

ですが、これは思いどおりにいかない典型なので、思いどおりにならないということを理解すれば少しは気持ちが楽になるように思います。

なんでも

  • こう思ったらこう!

ではなく、

  • こんなときもある

ぐらいの感覚の方がストレスはたまらないのだと思います。

悩んだり、落ちこんだり、弱ったりすることもある


多分なのですが、平和な時間や平和な期間が長かったのでそのような現象になるのですが、通常、生きていればいろんなことがあるはずです。

おばあちゃんが泣き言を吐いて感情が高まって大暴れすることもあります。

夜中に突然起きて、泣きはじめることもあります。

もちろん、なにがあったか?わかりませんし、話をしても事情を教えてもらえるとは限らなかったりするのが人生であったりします。

正解を求める人や理由を求める人も増えているようですが、でもそれって実際、その人にとっての原因であったり、理由であったりします。

なので、人によって原因も違いますし、理由も違ったりします。

勉強のし過ぎもあるのか?

と思われますが、世の中のことや人生のことってけっこう原因がなかったり、理由もなかったりします。

逆に言えば、原因や理由を考えられる方が恵まれているとも言えます。

理不尽や不条理もそうなのですが、単純な動機や単純な運命的なものもあったりするので、それを真面目に考えてもはじまりませんし、思いどおりにならないことがあるということだけ理解していればストレスは大きく減るように思います。

それで家族と言えども見たくなければ離れればいいですし、距離を置いてもいいと思うワケなのです。

根が真面目でいい人はけっこう自分が悪いと落ちこんだりします。

たとえば、奥さんが悩んでいたり、子どもが落ちこんでいたり、おばあちゃんが弱っていたり…。

ですが、それはどうしようもないことであったりします。

それを解決するのは、奥さんだったり、子どもだったり、おばあちゃん自身であったりします。

そして、あなたができることはそのサポートでしかないワケなのです。

そしてそれは、けっこう黙って見ているしかない事実であったりするワケなのです。

実は…。