怒るという心理状況を深掘りした結果、人に頼らない生き方のところでも書きましたが、何かしらの期待が本人に眠っているからです。

今、VRが出てきて、VRの世界を見ていると人間の思考と世界が広がるような気がしています。

1.怒る原因と怒る場合の頭の中


目の前にある世界は私のいる世界で私が見ている世界です。

たとえば、目の前に醤油があります。

醤油が在る。

事実そのものは、醤油が在ります。

その醤油に『腐った醤油』と書かれてました。

『腐った醤油』から食べられない醤油だと認知します。

目の前で、「なんでそんなこともできないのっ?」って怒る母親がいます。

母親の前には息子がいます。

息子は笑っています。

違いが分かりますか?

息子には何も書かれていないし、むしろ笑ってすらいます。別に怒っててもいいですが…。

母親の目の前に息子がいて、「なんでそんなこともできないのっ?」って怒ってましたが、目の前にいるのは息子だけで、息子には何も書かれてなくて、むしろ笑っています。

では、「なんでそんなこともできないのっ?」ってどこに書いてるんでしょうか?

答えは頭の中です。

しかもそれは多分、あなたの期待です。

人に頼らない生き方のところでも述べましたが、怒りやストレスの基準は概ね頭の中です。

事実そのものを見ればいい話です。

「なんでそんなこともできないのっ?」ではなく、

できない息子を見ればいいんではないでしょうか?

息子は目の前にいるのだし、事実、何も書かれてませんし、むしろ笑っております。

冷たく聞こえるかもしれませんが、事実そのものを見るようにしましょう!

怒るといった心理状況の際も、何かしら自分の思考では意図しないこと、自分の価値観では理解しがたいこと、自分の世界ではできれば認知したくない現実があるような気がします。

それが多分、目の前にいる人に期待している証なのだと思います。

2.VRでの世界観


私は介護の勉強の際、このことを知りました。

介護の世界でVRを広めている人で登嶋健太さんという人がいます。
この人は高齢者にVRで体験をプレゼントしています。

VRで旅行に行ったり、過去に戻ってみたりの体験を通して介護にアプローチしています。

同じように、医療の世界でもVRで手術を体験したり、VRで学習をしたりされています。

また、GOROmanさんもVRを普及させるために『ミライのつくり方』という本を書いてます。
GOROmanさんの話ではVRは学習へ使われ、誰に教わるか? で学習の進捗状況が違うとさえ述べてます。つまり、変な人に教わると、勉強も入っていかないと…。

極端な話、アニメの美少女キャラでも自分が本来熱中できるような人から教わった方が学習効率が上がるとさえ述べてます。

これは一種、認知のメカニズムと似ていて、同じ内容でも、同じ言葉でも、その対象が信じられなかったり、興味のない相手であると伝わり方も認知も異なることを表しています。

3.怒るという心理状況


同じようなことが怒るという心理状況にも当てはまります。

目の前で自分では意図しない状況が起こると、まるでVRの世界のように、目の前の状況が信じられなくなり、目の前の人も信じられなくなると…。

なので人に頼らない生き方のところでも述べましたが、やってもらうとか、このようにいくとか、ああなるとか、こうなるという期待というか、想定した状況を作らないで、ただありのまま受け容れる心の作用が重要になると思います。

4.事実そのものを見る


事実、目の前にある事実です。

物でもいいです。

物や判別できる物、そのものを純粋に見ればいいのです。

同じように、「話が違うじゃないか?」ってこともあります。

話が違うくなったのでしょう? では、話そのものを聞きましょう。

変わったのであれば変わった点を素直に受け止めましょう。変わって困るのであればその点を伝えましょう。話が変わることはよくある話です。

なんとなく分かってきたと思いますが、概ね怒る場合は怒る問題があって、それでヒートアップしてゆきます。

5.怒りのメカニズム


先の場合は「話が違うじゃないか?」って、話が違うことに怒って、自分の頭の中の話と、今話している話が違うくなって、怒ってしまうパターンです。この場合も素直に違いを受け止めて、よく話を聞けばいいのです。

この場合のマズイパターンは、話が違うことに怒ってしまい、その話が許せなくなる点です。つまり自分の頭の中の話と、今話している話が違うので、その話自体が許せなくなり、聞けなくなるパターンです。話がコロコロ変わることはよくある話で、そういった人も一応は、います。もしいないのだったら、たまたま運がよかっただけで、そういう信用のない人もいることはいるのです。

多分、怒りのメカニズムはこのようなものだと思います。

それは期待にも近いですが、頭の中で思うことと違うことが出てきた場合の対処法によります。

でも話はコロコロ変わる場合もありますし、話自体を聞いていれば怒る必要などありません。

多分、話自体は怒るものではなく、聞けるのです。ただ、頭の中の話と、今聞いている話が違うから怒るのです。頭の中の話と今聞いてる話を比較しないで、純粋に今の話だけ聞けばいいんじゃないんでしょうか? んで、不都合な点を伝えればいいんじゃないんでしょうか?

6.怒らない方法はスルーと受け容れるということ


んで、私の場合は、同じ日本人と思わない、同じ男だと思わない、同じ秋田県人だと思わないようにしています。

この同一視の概念というか、同じものだと思わない、なんか違う、異質な感じでスルーする心の在り方が多様性な社会では求められてくると思います。

ちなみに私はこの同一視の概念で同じものだと思わないと、気持ちが楽になり、怒っても仕方がないと思えるようになりました。

同じものだと思うから怒る、こうあってほしいから怒る、すなわち期待なんですが、言葉を変えて怒らない方法の話の中で詳述してみました。

今世の中で起こっている窮屈な社会もこのような問題だと思います。

世の中が激変していて、学校で勉強してきたこととか、今までの流れから大きくかけ離れた問題が起こりすぎて、あまりにもかけ離れてイライラしている感じです。

だったら、今まで勉強してきたこととか、今までの流れをすべて忘れて、今起こっている問題をそのまま眺めればいいんじゃないんでしょうか? 違いも含めて…。

悪いこともありますが、事実、今起こっているのだし、そういう社会になったと受け容れるしかないワケですし、受け止めてそのあとどうするか? 考えた方がいいような気がします。

今までが順調すぎたんじゃないんでしょうか? 

今までが変わらなさ過ぎたんじゃないんでしょうか? 

今までが信用のおける人が多かったからじゃないでしょうか? 

今までがみんなけっこう同じような環境だったからじゃないでしょうか?

人の心も考え方もコロコロ変わったりしますよ。
だって、今日パン食べて、明日ご飯食べたりするっしょ?
栄養がそうなんだから、頭の中はもっと変わるんじゃないんでしょうか?

嘆いたりするよりも、問題がここだと指摘するよりも、これからどうするか? じゃないんでしょうか?

以上、人への期待や依存心を断つ 怒らない方法(アンガーマネジメント)の話でした。