太宰治 (2)

人としてふさわしいか?ふさわしくないか?という議論は不毛 のちに作品だけで評価されている現実


オリンピックの人事は直前となって相次ぐ辞任劇が展開されました。


それによりショックを受けた方々や、

ネット上やSNS上で賛否両論論議に華を咲かせた

ことは事実としてあります。

どちらかと言えば、

この

  • ふさわしいか?

  • ふさわしくないか?

と言う議論の方が盛り上がるのであって、

肝心の大会や選手のことは

蚊帳の外である点

に根が深い問題がひそんでいるのだと思いました。

そこで本日は、この

  • ふさわしい人か?

  • ふさわしくない人か?

という議論は

  • いかに不毛であるか?

という点を中心として

文豪に見られるろくでなし度と、

その評価が死後の今では一転している現状についてお伝えしたいと思います。

芥川賞落選の際に選考委員の川端康成に『刺す』という書状をしたためた太宰治


太宰治のろくでなし加減はこちらでお伝えしました。


それは作家として成功する前や、

成功したあとでも通底するろくでなし加減でした。

数々の自殺や心中未遂事件や、

芥川賞落選の際に川端康成に宛てた有名な、

  • 刺す

という書状まで、数々を指摘できると思います。

朝夕軽い散歩をする。一週間に一度ずつ東京から医者が来る。その生活が二カ月ほどつづいて、八月の末、文藝春秋を本屋の店頭で読んだところが、あなたの文章があった。「作者目下の生活に厭な雲ありて、云々。」事実、私は憤怒に燃えた。幾夜も寝苦しい思いをした。
 小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。



当時は戦慄と、そのろくでなし加減から忌み嫌われたと思われるのですが、

死後は不問にふされたり、

文庫本なんかは売れているので、

あまり気にならなくなるのだと思います。

人間失格
太宰治
グーテンベルク21
2012-12-19


どちらかと言えば、作家のこのような人格的な側面よりも、

  • 純粋に作品だけを評価する

正当な価値観のおかげであるような気がしています。

自分の妻を譲ると約束して反故にし、絶交した谷崎潤一郎と佐藤春夫


作家の谷崎潤一郎はモテ男で有名な作家でした。


その谷崎潤一郎も、

  • 妻を佐藤春夫という作家へ譲ると約束

をして、それを反故にしたことで、

  • 佐藤春夫が絶交を切り出す

という有名な小田原事件を起こしていることはあまり知られていません。




当時の谷崎潤一郎は妻の他に『痴人の愛』のモデルとなった妻の妹のせい子と付き合っていて、

そのせい子に断られたことが原因でした。

痴人の愛
谷崎 潤一郎
2017-09-28


せい子に断られたために妻を佐藤春夫へ譲る約束を反故にし、

それが絶交を生み、

当時の文学界ではかなりのセンセーショナルな問題となったのですが、

死後は不問にふされたり、

文庫本なんかは売れているので、

あまり気にならなくなるのだと思います。




  • 妻を誰かに譲る約束とか?

今では想像もつかない約束だし、

あってはならない約束なのに、

文庫本なんかは以前として売れているようなので、

  • 個人の人格

と、

  • 作品

はあまり関係がない事例なのだと思いました。

姪と情事をおかし妊娠させて自身はフランスへ高とびした志賀直哉


志賀直哉は姪と情事をおかしたことで有名だったのですが、

姪を妊娠させてフランスへ逃げていた話はこちらで知りました。

文士と姦通 (集英社新書)
川西 政明
集英社
2003-03-14


『暗夜行路』という作品にも出てくる人物らしいのですが、

当時の作家さんは作品の主人公やモデルとなる人へ恋をしてしまい、

欲情してしまうのは谷崎潤一郎にも共通した心理である点が確認できます。

暗夜行路 (講談社文庫)
志賀直哉
講談社
2019-10-11


ですが、このことについては、

谷崎潤一郎みたいに問題として取り上げられることもなく、

  • よほど注意深く調べないかぎり
  • 気がつけない問題

であるので、

やはり、

その注目の人物や

注目の動向でも、

  • よほど注意深く調べないかぎりは
  • たどりつけない問題

があるのも事実であるような気がしています。

そして、それは

  • 存命中にあきらなになるか?

  • 死後あきらかになるか?

わかりませんが、

少なくとも、

死後は不問にふされたり、

文庫本なんかは売れているので、

あまり気にならなくなるのだと思います。

このように見てくると、

今回のセンセーショナルな解任劇も、

今でこそセンセーショナルなのですが、

時代の変化とともに風化し、

人々は純粋に作品だけで評価する時代になるのだと思います。

ただホント、

同時代に生きている同じ人間としてみれば、

  • 恥ずかしいし、

  • 海外には顔向けできない

と思うだけなのであります。

ですが、こうして今、

文豪のろくでなしを掘り起こしてみただけで、

少なくともこの事実はすでに隠せませんし、

海外の人たちが日本文学を勉強した場合、

遅かれ早かれ気づく問題

なので、そういった問題も含めて議論が必要だと思いますが、

みなさんはいかがお考えでしょうか?

この流れやいきさつがあるので、

今回の件だけ特殊であるとは言えないと思うからです。

それは

  • 恥ずかしいや

  • 海外へ顔向けできない

問題も含めて、

  • 日本人は昔からそうだったじゃないか?

と思う点もあるからなのです。

「甘え」の構造 [増補普及版]
土居 健郎
弘文堂
2007-05-15