文句12111

文句は不平不満の感想で何も変えることができない


文句を言う人が一定数いて、あまり関わらない方がいい話です。

実際、私も昔は文句を言ったりしていましたが、文句って不平不満だったりするんで、けっこう長年文句を言っていると、文句を言っても何も変わらないことに気づきます。

文句を言った方が理不尽や不条理はやり過ごせたり、なかったことにできるのですが、結局、それは自分がどう認識するかで、文句を言うことによって認識することは可能ですが、何も成長しない歪んだ解釈となります。

何かやってもらう方が文句を口にする


周りを見渡せば分かると思うんですが、文句を言う人って女性とか高齢者に多かったりします。

ってことはある意味、弱者の言い訳と言いますか、世論と言いますか、そういったたぐいの扱いになるんだと思います。

よ~く冷静に考えてみれば分かりますが、強者で文句を言っている人ってホントにいなかったりします。

それって、単純に論理的に考えてと言うよりは、今までの人生を振り返ってみて、感覚です。

いろんなことについて言えるのですが、文句を言うってことはあまりコミュニケーションをとるつもりのない方と言いますか、コミュニケーションをとるつもりがあれば文句を言わず、話し合って妥協点を探ればいい話だったりします。

いろんなことを考えてみて、話し合えば分かることだったりします。

文句ばかり言っていたらやってあげることができない


やっぱ話し合うつもりがなかったり、話し合うのを恐れている人たちって文句を言いやすい気がします。

実際、話し合うのを恐れている人たちって人の目を気にするせいか、自分の意見を素直に言えない体質である場合があります。



なんとも不器用と言いますか、ホントもうちょっと自分を知って、素直に生きた方がいいのに世間の目や体裁を気にしたりします。

でも、それもやっぱしょうがないことで、一定数そういう人がいることは事実だし、そうじゃないと言われても難しかったりします。

なので、あまりこの文句にこだわっていると、正直、こういう文句は消えることがないので、消えたとしても違う文句として表れてくるのでイタチごっこ状態となります。

文句を言われても無視した方がいい


なので、ある程度無視すると言いますか、聞いている風を装うのが最良の策となります。

けっこう誤解と言いますか、誤解と言われているものの多くに自分の世界と他人の世界の違いがあります。

自分の世界は自分の認識で、けっこう自分の解釈になります。

一方、他人の世界は他人の認識で、けっこう他人の解釈になります。

この二つが相まみえると、変わりたくない人って文句を言ったり、ついてこれなかったりします。

やはり、けっこう世の中を変えたり、変化をとらえたり、変化に乗るのって、実際に現場で働いている人とか現場で動かしている人たちなので、現場にいない人たちと見ている世界もその認識、その解釈も違ってくるので、想像のしようがないと言いますか、取り残されるのだと思います。

やっぱ知らないのが一番怖くて、多分、知っていることって恐怖にならないのだと思います。

危険予知とかもそうですし、対策もそうですし、ある程度の予想されることが分かっていて、認識できる人の方が恐怖にならないので素直な認識となります。

逆に言えば、ある程度予想されることがイメージもできず、認識できない人は恐怖しかありません。

なので、文句を言う人たちってある意味、想像力も認識する力もなかったりするので、あまり真に受けない方がいい話だったりします。

これって多分、身体能力の差だったり、経験の差でこうなるんだと思います。