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コミュニケーションは言葉だけではない 顔も語る


小説家を目指していたせいか、昔から人間観察が習慣になっていて、なかでも人の顔はよく見ます。

人の顔や目を見て話した方が、コミュニケーションはうまくいきます。

コミュ障っていう人の多くは、人の目を見ていないです。

顔や目もわずかながらですが情報を発しています。

言葉以外のコミュニケーションをノンバーバルコミュニケーションと言います。


コミュニケーションって言葉だけと勘違いしている人もいると思いますが、言葉以外の情報の方が案外多かったりします。

コミュニケーションの際、視覚の情報・聴覚の情報・言語の情報で、人は見た目が9割と言われる通り、5割・4割・1割の分配です。それぐらい言語の情報は人に与える印象や情報として少ないのです。

私は顔専門なので、顔を得意とします。

顔は顔の表情が一番大きいです。

ある程度の年になると意地悪は顔にきざまれる


42年生きてくると、ある程度、意地悪な人は顔で見分けられるようになります。

意地悪な人は意地悪な顔をしています。

  • 当たり前か?

というか、意地悪な顔になるのです。

写真を用意できると、もっと分かりやすく説明できるのですが、意地悪な人は眉毛が吊り上がり、それが年齢と共に固定されます。

絶えずけわしい顔をしているので、表情筋は固く、昔の顔っていったら失礼ですが、よく田舎の仏壇に飾られている遺影のような顔をしているという表現が適当だと思います。

田舎の人は笑わないからですかね?

不満があったり、意地悪したりする人は、普段から笑う要素がなく、多分、笑うという習慣がないせいからか、表情筋が死ぬというか、固まったまま、顔も固まります。

なので、すぐ分かります。ある意味、分かりやすいです。

同じことを繰り返したり変化がないと顔の筋肉がたるむ


また、表情筋は老化にともなって固くなりますが、その原因も多分、同じことを繰り返しているからだと推測されます。

私も仕事などで同じ作業を淡々と行なうと、2,3年もすれば作業スピードが速くなり、その後は伸び悩みます。

そうすると、早いスピードで淡々とやり始めるので、あまり面白みがなくなり、表情筋が動かなくなるのだと思います。

仕事を変えたりして、また新しい作業を始めると、慣れるまで時間はかかりますが、速くやろうと頭を使います。

そうすると、こうすれば速くなるといった感じで頭を使い、慣れるまでストレスですがその分頭を使うので、同じ作業を延々と淡々とやるよりは表情筋は固くならない気がしています。

なので、ある程度のストレスと言いますか、同じ作業や同じことを淡々とやるのは楽なのですが、楽な分面白みがなくなってしまうというのも、人生経験上、事実です。

この事実こそが、表情筋が語る真実でもあります。

同じことを繰り返す、たとえば同じ作業や同じことや意地悪など…。

そうすると、そういう表情になってしまいます。

なぜなら、同じことを繰り返し、習慣になってしまうからです。

なので、そういう習慣になったものは顔に表現されます。

たとえば毎日お酒を飲んでいれば、むくんだような顔になります。

あまり笑っていなければ、笑った際、普段笑ってないことがバレてしまいます。

意地悪をしていれば人を困らせてやる顔になります。

卑しい顔になってます。

顔や表情も無意識に記憶され言葉と同じ作用を持つ


ノンバーバルコミュニケーションは見た目や行動、しぐさなどから、また、声や声の大きさやテンポなどから情報をある程度推測できます。

こういうコミュニケーションの情報というのは、どちらかというと言語で習得するものではなく、本来は生まれてから今までの経験から、見たもの聞いたものの情報が参照されるものです。

人間の記憶は一度見たものは記憶されるらしく、たとえば生まれてくる赤ちゃんが生まれた時のことを記憶しているらしいです。

目から入った情報というのは、分かる分からない問わず、一応、脳に記憶されるらしいです。

なので、よく、

  • 「私のことを笑ってる気がする」

っていう被害妄想の人は、どちらかというと、自分が人のことを笑ってバカにした経験があって、その記憶に苦しめられているんだと思います。

同じように、人を裏切ったことがある人は、裏切られるかもと思ったりすると思います。

つまり、自分がした行ないも記憶されるので、いい意味でも悪い意味でもそれらも経験として参照されます。

なので、あまりバレないからと言って悪いことはしない方がいいと思います。

それはきっと、あとであなた自体を苦しめることになると思います。