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経済合理性以外の見えない力をときあかしたアダム・スミス


新型コロナの影響でコロナ不況におちいっています。


経済について考える場合、単純に、

  • 政府が管理する方法と
  • 市場に任せる方法

があって、この二律背反が経済学の永遠のテーマであったりします。

経済学は経済合理性を追求する学問です。

なので、合理性を突きつめれば経済学ができあがると考えた方が正解です。

ですが、経済学の父と呼ばれるアダム・スミスでさえ、経済は『神の見えざる手』によって導かれると表現したぐらい、経済には合理性のほかに合理性以外の不明なものも含まれるという実際的な部分を本日は考察してまいります。

市場経済のアダム・スミスと計画経済のカール・マルクス


アダム・スミスの先の発言は正確には『見えざる手』というのが正解です。

原典をあたれば、

he intends only his own security; and by directing that industry in such a manner as its produce may be of the greatest value, he intends only his own gain; and he is in this, as in many other cases, led by an invisible hand to promote an end which was no part of his intention.

— 『国富論』第4編「経済学の諸体系について」第2章


『invisible hand』の『of God』の神の部分はないことがわかります。

神はあとから付けられたか?

神を付けた方が都合がよかったからか?

理解しやすいからだと思います。

経済は合理性で成り立っていて、人びとが自分の利益を求めて生産活動をおこなうとき、それは万人の利益に結びつくと考えたのがアダム・スミスでした。

その経済学は自由放任主義と言われています。

ですが、それもあとから指摘を受けるのですが、万人がある程度、裕福でなければならず、万人が貧しくなればこの理論は破綻することがあきらかになったからです。

自由放任主義は資本主義と大変相性がいいのですが、それを指摘したのがマルクスでした。

なぜなら、資本は膨張をつづけ、やがてひとり歩きし、さまざまな物を飲みこむからです。

つまり、小さい資本であれば営業活動で差がつきませんが、資本が膨張をつづけ大きくなるとき、それは格差となって挽回できない力となるからです。


資本の膨張がすすめば資本主義の市場経済秩序は崩れてゆく


以前、仕事が好きな人とお金を稼ぐのが好きな人の違いについてのところで分析しましたが、

  • 100円の商品を1個売れば粗利が30円のとき、仕入れは70円です。
  • つまり、70円で仕入れてそれを100円で販売し、30円稼ぐ仕組みです。

それは、

  • 1個売れば30円の利益になりますし、
  • 10個売れば300円の利益になりますし、
  • 100個売れば3000円の利益になります。

それをビットコインでやれば、

  • 100万円のときに購入し、30%値上がりした130万円のときに売れば、
  • それは先の100円の商品と同じケースに当たります。

  • 1BTCであれば30万円
  • 0.1BTCであれば3万円
  • 0.01.BTCであれば3000円
  • 0.001BTCであれば300円

の粗利で稼げるからです。

今ではビットコインで稼いだ方が簡単に稼げるからです。


そしてそれは金額(資本)が大きければ大きいほど、簡単に稼げますし、稼げる金額が大きくなってしまうからなのです。

ビットコインでは簡単に稼げるのに、物を販売する仕事では稼げなくなれば、それは資本の膨張を意味し、アダム・スミスの理論では解決がはかれなくなるからです。

経済には経済合理性のほかに欲望や感情で突き進む力が働く


とは言え、『神の見えざる手』に関しては合理性以外のなにものか?が働いていて、それが経済に影響を与えているのは事実です。

それは主に投資の分野で多いからです。

実はこのアダム・スミスはどちらかと言えば投資家を擁護した経済学者であり、だからこそ投資の問題として使われているような気がするからです。

経済は経済合理性を追求します。

そして、それは合理性なのでほぼほぼ理論やデータのとおりに進みます。

ですが、投資の分野ではときに理論やデータのとおりに進まない状態が多々あるので、それが『神の見えざる手』であるという風に理解しております。

新型コロナでもあきらかになってますが、理論やデータにこだわる人たちは非常に多いのが実際です。

ですが、ウィルスや経済も水もので、理論通りやデータの通りに進めば誰でも英雄になれてしまいます。

投資の世界を見ればそれはあきらかで、

  • ときに気まぐれに上がり、
  • ときに気まぐれに下がります。

そしてそれは、

  • 暴騰であったり、
  • 暴落であったり

します。

ときに、

  • バブルと言われたり、
  • ときに底値だとささやかれたり

します。

それは、

  • 甘い言葉であったり、
  • 誘惑であったり

します。

バブルで有名なオランダのチューリップバブルを勉強すればわかりますが、チューリップが高値で取り引きされることがわかってからの人びとの欲望の凄まじさが理解できると思います。


最後は生活を投げ売って得をした人びともあらわれますが、激しく損をした人びともあらわれて、人間の欲望のおそろしさを目の当たりにすることになると思います。

なので、このアダム・スミスの『神の見えざる手』の本当の意味は、この経済合理性以外の人間の欲望の部分であったり感情的な部分であると勝手に解釈しています。

経済はほぼほぼ合理性で突き進むのは事実です。

しかし、その前提は国民が豊かであることが前提であると思っています。

それが崩れるとき、人びとは欲望や感情に支配され、『神の見えざる手』によって秩序が保たれるどころか?

秩序は大きく崩壊するようにも思うのです。

自分が実際にビットコインに投資してみて、それが『神の見えざる手』の意味だと気がつくにいたりました。

確かに、

  • なんで上がっているのか?

わからない場面や、

  • なんで下がっているのか?

わからない場面によく遭遇したからです。

そして、いろんな詐欺や騙しがあるのも実際だからです。


詐欺は上がったりしますし、その他のコインへも影響を与えます。

ですが、お金を儲ける人たちは実はそれが詐欺であろうともお金を稼げればいいので投機的に利用しているからなのです。

それは正直、万人の利益にはならないと思います。

投資と言うよりは投機になってしまっているからです。


それは投資で支持をあらわすという行為ではなく、上がるかもしれないからお金を投機的に移動しているだけに等しい行為になってしまうからです。