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太宰治の東大仏文科志望動機は、『試験がないから…』だが太宰受験の1930年に試験が実施される?!そのとき太宰は…?!


太宰治に『家庭の幸福』という一編の短編小説があります。



ヴィヨンの妻 (新潮文庫)
治, 太宰
新潮社
1950-12-22


それは太宰の小説には珍しい、

  • 官僚を批判する内容で、
  • 官僚に対しての常日頃のうらみつらみ

や、

  • 官僚に対しての皮肉に満ちた小説

として非常に考えをあたらめさせられるすばらい作品

であると思います。

太宰治と言えば、

三島由紀夫と仲が悪かったことで有名ですが、

  • 太宰が東大の仏文科中退

なのに対し、

  • 三島由紀夫は東大の法学部を卒業し、

しかも当時の

  • 農林省キャリア

だったことも関係しているのかも知れません。


それは本当にこの二人は対象的で、

太宰治はどちらかと言えば、

  • 東大仏文科の志望動機も、
  • 不人気で試験がないから…

という不純な動機で受験をしていたからです。

ところが、たまたま太宰が受験する1930年に試験が実施され、

そのもくろみがはずれたことにより、

あろうことか、

他の受験者とともに試験官を説得し、

特別な配慮のもと、入学が許可された経緯があります。

一方の三島由紀夫は生まれたときからエリートで、

東大法学部卒業後も、

高等文官試験に一番で合格し、

大蔵省入りを確実にしたのですが、

面接時の印象が悪かったため、

泣く泣く農林省に移動した経緯があります。

本日はこのような二人の経緯を踏まえ、

  • 太宰治の『家庭の幸福』は諸悪の本である理由

について考察をくわえてまいります。

2023-06-09 太宰治壁紙1

ラジオの街頭演説 のらりくらり話す官僚とヘラヘラ笑う官僚


太宰治が官僚に対して怒る

のは、

  • ラジオから流れてくる街頭演説

を聴いたことによります。

そのラジオも当時、高価だったのですが、

たまたま太宰が外泊したとき、

ちょうど出版社の人が雑誌の原稿料を届けにきてくれていて、

それを奥さんが受け取り、

勝手に購入したラジオでした。

太宰は外泊した手前、

  • 怒ることができなかった

と述べています。

あるとき、病床に伏していた太宰は、

ラジオから流れてくる街頭演説に対して怒りをぶつけます。

それは当の官僚がのらりくらりと答弁をし、

言わないのと同じような内容のない言葉を繰り返すばかりで、

  • ヘラヘラと笑っていた

からです。

  • 『日本の再建』



  • 「官も民も力をあわせて」

といった

  • 観念語(具体的ではない言葉)を並べるばかり

だったからです。


「私は税金を、おさめないつもりでいます。私は借金で暮しているのです。私は酒も飲みます。煙草も吸います。いずれも高い税金がついて、そのために私の借金は多くなるばかりなのです。この上また、あちこち金を借りに歩いて、税金をおさめる力が私には、ありません。それに私は病弱だから、副食物や注射液や薬品のためにも借金をします。私はいま、非常に困難な仕事をしているのです。少くとも、あなたよりは、苦しい仕事をしているのです。自分でも、ほとんど発狂しているのではないかと思うほど、仕事のことばかり考えつめているんです。酒も煙草も、また、おいしい副食物も、いまの日本人にはぜいたくだ、やめろと言う事になったら、日本に一人もいい芸術家がいなくなります。それだけは私、断言できます。おどかしているのではありません。あなたは、さっきから、政府だの、国家だの、さも一大事らしくもったい振って言っていますが、私たちを自殺にみちびくような政府や国家は、さっさと消えたほうがいいんです。誰も惜しいと思やしません。困るのは、あなたたちだけでしょう。何せ、クビになるんだから。何十年かの勤続も水泡に帰するんだから。そうして、あなたの妻子が泣くんだから。ところが、こっちはもう、仕事のために、ずっと前から妻子を泣かせどおしなんだ。好きで泣かせているんじゃない。仕事のために、どうしても、そこまで手がまわらないのだ。それを、まあ、何だい。ニヤニヤしながら、そこを何とか御都合していただくんですなあ、だなんて、とんでもない。首をくくらせる気か。おい、見っともないぞ。そのニヤニヤ笑いは、やめろ! あっちへ行け! みっともない。


ですが、太宰は空想します。

実はこの答弁も、

太宰こそにがにがしく聴いていますが、

  • 当の官僚にも家族がおり、
  • 長男は正座をしてラジオの前に座り、
  • 奥さんは小さいお嬢さんを抱っこしながら、

  • 「いまに、この箱から、お父さんのお声が聞えて来ますよ」

と教えながら待ちわびるように聴くのを楽しみにしているからです。

『家族の幸福』のために高い税金が課されるとき民衆は家族を犠牲にして働いていることに気がついたパイオニア


  • みんな『家族を幸福』にさせるために働いています。

ですが、太宰が感じるのは、

  • ラジオから流れる街頭演説と、
  • それにのらりくらりと答える官僚
  • 泣き叫ばんばかりに訴えかける民衆の姿

だったからです。

そして、太宰の空想はやみません。

役所の仕事は5時で終わりで、

  • 出産届けを持ってきた女

が、

  • 出産届けを受理されず、

しかも

  • 『時間だから…』

という理由で返され、

その後、

  • 玉川上水に入水してしまう

といった空想までなされます。

それも、

  • お役所の人は時間通りに帰っただけ

であり、

  • 女はただ出産届けが受理されなかっただけ

であり、

  • 家族のためにたまたま時間通りに帰っただけ

だからです。

  • いろんな家族がいます。

そして、

  • みんな『家族の幸福』のために働きます。

ですが、この

  • 『家族のため』

も、

みんなが『家族の幸福』のために頑張るとき、

  • さまざまな税金がかせられ、
  • 『家族の幸福』が逆に遠のく

と考えたのが太宰治でした。

もしあの、ヘラヘラ笑いの答弁が、官僚の実体だとしたなら、官僚というものは、たしかに悪いものだ。あまりに、なめている。世の中を、なめ過ぎている。私はラジオを聞きながら、その役人の家に放火してやりたいくらいの極度の憎悪を感じたのである。
「おい! ラジオを消してくれ」
 それ以上、その役人のヘラヘラ笑いを、聞くに忍びなかった。私は税金を、おさめない。あんな役人が、あんなヘラヘラ笑いをしているうちは、おさめない。牢ろうへはいったって、かまわない。あんなごまかしを言っているうちは、おさめない、と狂うくらいに逆上し、そうしてただもう口惜しくて、涙が出るのである。

それは本当に、

  • 『家庭の幸福』が諸悪の本

  • みんな家族のために頑張っている

からなのです。


官僚のヘラヘラした笑いは、わが身と立場とを守る笑い、防御の笑い、敵の鋭鋒を避ける笑い、つまり、ごまかしの笑い。


官僚のヘラヘラした笑いも、

  • 自分の立場を守る、
  • 防御の笑い

であると考察しています。

それは

  • 本当の心の底からの笑い

ではなく、

  • わが身と立場とを守る笑い、
  • 防御の笑い、
  • 敵の鋭鋒を避ける笑い
  • つまり、ごまかしの笑い

であるからなのであります。