織田信長

いつまでも変わらない国 日本


老害なんて言葉も横行しておりますが、私も42歳で年齢的には老害に当たります。

老害なんで新しい物を取り入れようと日々、毎日勉強の連続です。

日本経済が停滞しているのは、やっぱり老害が多くて、欲しい物を生産していないからだと思います。


車ってそんなにいらなくて、たとえばトヨタとか日産とかスズキとかマツダとかありますが、メーカーあり過ぎじゃね? って話で、もう選択肢でお腹いっぱいな状態です。

そもそも「~離れ」の記事が多くなってきているのは、作っている人がいつまでも気づかないからだと思います。

抱かれたくない男に出川が選ばれたとして、出川がなぜ抱かれたくないのか?の記事にはまったく興味がありません。

それが答えなんじゃないんでしょうか? 選ばれなかったんですよね?

生活にはスマホが浸透し、アップルやファーウェイやオッポーのスマホがあったりします。

スマホの中にはアプリがあって、ツイッターやインスタやフェイスブックがあったりします。

経済が停滞していない国って、アップルの米国だったり、中国のファーウェイだったりするから、それから考えても日本は経済が停滞する要素があり過ぎです。だって、欲しい物、生活必需品を生産していないんだもん。

信長の鉄砲隊が戦国時代を制した理由


戦国時代の話が好きですが、戦国時代で新しい物を取り入れて天下を取った代表格が織田信長です。

信長と武田の騎馬軍団の話で、なぜ武田勝頼が鉄砲隊に騎馬隊で向かったのか?

そもそも鉄砲隊を知らなかったか?

も含めて、信長は堺で商人から鉄砲を仕入れていたのでありますが、と同時に経済封鎖を行なっていたのです。

信長軍は鉄砲隊を有し、有利に進めたいので自分の軍隊にだけ鉄砲を仕入れるようなルートを確立し、他の軍隊へは仕入れられないよう工作を行なっていたからです。

なので、もし武田勝頼が鉄砲隊の存在を知っていたとしても鉄砲を十分に用意することができなかったし、できたとしてもそれより多く信長軍が持つことを可能にするルートだったワケです。情報が筒抜け状態と言うか、その為の堺制定だったワケです。

信長は革新的で知られますが、戦国武将の中で論理的に考えられた数少ない武将だと思います。

戦わないで勝つ秀吉の備中高松城の水攻め


同じく部下の羽柴(豊臣)秀吉は同じ時代、備中高松城で水攻めを行なっております。

その頃は戦国武将と言えば勇猛果敢に攻め込んで斬った張ったの価値観でしたが、勝つこと、勝利を第一目的に掲げていた為、備中高松城の周りを水を流して出られないように細工をし、兵糧などの侵入ルートを断って黙って降参するまで辺りを囲んで待つという戦法を取りました。

そうすると勝利は確定しますし、犠牲者の数も限りなくゼロに近づきます。

なので、戦国武将=猛将ではなく、どちらかというと信長の時代は勝利第一主義的な戦法が多く発明され、堺を制定することにより物流を制して経済的な制裁を与えます。

物資の供給でハンディーを負うことになるので、それ自体、一種の攻撃として機能してます。

また、兵糧攻めは前からありましたが、退路を水で絶てば軍隊すら動けなくなるのでどうしようもありません。

周りは囲まれているので、数の論理で勝利は時間の問題です。

おおうつけが常識となる


新しい物と新しい発想が時代を変革してゆきます。

その際は概ね論理的な発想で考えれてます。

多くの人は今まで勉強してきた内容や環境にとらわれます。んで、実際、今まで勉強してきた内容や環境によった方が安心だし、やりやすいです。

でも、変化が激しい時代は、新しい物を制した人が新しい発想で古い人たちを駆逐し始めます。

事実、信長がおおうつけと呼ばれていたことは有名ですし、何か当時の常識と違っていたことは確かです。

でも、きっと信長の中では他の人とは違う世界を見ていたことは想像できますし、おおうつけと言われても気にする気配もなかったので何か自信があったのだと思われます。

信長は当時若かったし、若い人たちで社会を変革していったので、今の日本って高齢化だから、さながら武田信玄とか上杉謙信とかがまだご存命で、武田勝頼とか上杉景勝が若社長みたいな状態なんだと思います。そんなモッサリした感じの日本ってヤじゃないッスか?

信玄公のセクハラが止まらなかったり、謙信公のパワハラが止まらなかったり…。

勝頼と毎日飲み会とか…。

週末は景勝と合コンとか…。

そんな中、信長が出てきて戦に参加できるならリモートワークOKとか…。

秀吉がクラウドファンティングで1億円調達達成とか…。