2022-04-05 へそをまげる

ブラック企業の新入社員に必要な負ける技術(スキル)と教えを乞う技術(スキル)


新入社員も入社の季節で、

  • 歓送迎会からお花見、
  • GW後の5月病など、

イベントが目白押しの季節になりました。


ツイッターなどのSNSでは早くも

  • ブラック企業に就職してしまって嘆く若者の声が多い

のですが、

ブラック企業にも、

ブラック企業なりの作法があります。

そこで本日は、

ブラック企業に入社した新入社員の方々に対して、

ぜひとも身につけて欲しい

  • 負ける技術(スキル)

と、

  • 教えを乞う技術(スキル)

についてお伝えしてまいります。


論破は勝ちではない 争いしか生まない現実(リアル)


論破王など、

最近では論破をするのがはやっている傾向があるのですが、

  • かなりよくないこと

です。

それは論破は、

  • 争いしか生まない

からです。

  • 間違っていたり、
  • 失敗したり、
  • ミスがあるということは、

  • その間違いが正しくなればいいし、
  • 失敗が正解に変わればいいし、
  • ミスが成功になればいいワケ

です。

目標があれば、

  • 目標を達成するのが目的

なので、

  • 争いをするのが目的ではない

からです。

たとえ尊敬できない上司がいたとしても、

  • 上司が尊敬されるのを望んでいるのなら
  • 尊敬が足りていないようであれば、
  • 尊敬してあげた方がいい

と言えます。

それはちょうど、

  • ビタミンCが足りてないので、
  • ビタミンCを補給するイメージに近い

のだと思います。

ともすれば

  • 尊敬したら負け

のようなイメージすらあるのですが、

  • もし、尊敬することによって、
  • あなたが損をしたり、
  • 害をこうむることがなければ、
  • それは尊敬した方がいい

と言えます。

それは何ひとつ

  • リスクをともなわない

からです。

逆に言えば、メリットしかないので、

  • 尊敬しない手はない

とも言えるのかもしれません。

非合理は指摘してはならない 非合理を経験することにより合理的を改めて理解できる


ブラック企業では、非合理なことが日常茶飯事です。

それは合理的とは反対の出来事です。

ですが、ここで難しい点は、

  • 非合理を理解しつつも、
  • 合理的に修正をはかる目的意識

です。

先ほども述べましたが、

  • 目標を達成するのが目的なので、
  • 争いを生むことが目的ではありません。

たとえ目の前で繰り広げられる業務の数々が非合理に満ちていたとしても、

それは入社したてのあなたがいちいち指摘したりすることではないからです。

なぜなら指摘することは争いしか生まないからです。

逆に言えば、

  • 非合理の業務を覚えてゆくことにより、
  • 非合理をよりよく理解し、
  • 合理的を改めて理解する

一助になります。

ここでやってはならない点は、

  • 非合理を指摘したり、
  • 非合理な業務に嫌気がさしてしまう

ことであります。

そして、それは余計な争いを生みますし、

新入社員であるあなたがそういう感じであれば、

上司や仲間にも伝わり、

  • へそを曲げてしまう

からなのです。

この

  • へそを曲げる

という事象について無理解な人が多いように思いました。

怒ったことにより抵抗勢力となった石山本願寺の一向一揆宗 信長との何十年の戦い


かの戦国武将の織田信長は比叡山の延暦寺を焼き討ちにしました。


それはセンセーショナルで過激なイメージなのですが、

本願寺の一向一揆宗が信長を悩ました逸話は有名です。


本願寺は本願寺蓮如という坊主の元に集まった一向一揆宗が、

  • 信長を困らせるためだけに戦った勢力

だからです。


他の上杉謙信や武田信玄が領地を要した武将であるのに対して、

  • 本願寺は寺の坊主なだけ

です。

この寺の坊主なだけの勢力が、

信長を困らせるためだけに戦った戦いが、

戦国武将よりも強すぎて平定するのに何十年もかかった話は有名です。

一向一揆と石山合戦 (戦争の日本史 14)
神田 千里
吉川弘文館
2007-09-15


おそらく、信長はたとえ生きていたとしても、

この本願寺の一向一揆宗のような勢力に狙い撃ちされることになる

ので、

  • 天下をとる

ことはなかったように思います。

それはそのぐらい、

  • へそを曲げる

という事象、

すなわち、

  • 怒ったことにより他人に対する嫌がらせや意地悪は止めることが難しい

ことをあらわします。

違いを理解する場合、違っている部分をより深く理解してゆかなければ話を聞いてもらえない 間違いを理解する場合、間違えるのが正しい


ブラック企業においても、

仕事を覚えるつもりが、

途中で口を出してしまって、

すっかり

  • へそを曲げてしまい、

仕事を教えてくれなくなったお局の話はかなりよく聞く話です。


まだ教えなくなっただけなら被害は少ないのですが、

  • 急に辞めてしまったり、
  • 仕事そのものがわからなる場合

もあるので注意が必要な事柄だからです。

それは本人がよかれと思って発言しても、

  • 聞く側が不快だと思ったり、
  • 喧嘩を売っているように感じてしまえば、
  • へそを曲げてしまう

からです。

目の前の業務や仕事の数々が、

たとえ非合理であったとしても、

いったんはそれを棚上げして学習し、

そして、その

  • 非合理をよく理解した上で
  • 合理性を説いてゆくのが作法

だからです。

老害の一部もこれにあたり、

  • 非合理そのものへの批判や意見に怒る

というよりも、

  • 非合理そのものを理解していなかったり、
  • 非合理なことをやってもみないのに批判や意見をする

ので、

  • へそを曲げる

事態に発展します。

それは織田信長に対する石山本願寺と一緒で、

  • ありつづけるかぎり、
  • 嫌がらせや意地悪の対象になります。

ではなくて、

争いを生じさせずに、

なじんでゆき、

その中から改革や変革をしてゆくのが

  • 正当な人間のやり方

だと思っています。

非合理なことや理不尽なことは、

  • 非合理であるがゆえに、
  • 理不尽であるがゆえに、
  • やらなくても理解できます。

ですが、

  • それを指摘される方は、
  • やってもみないのに、
  • 合理性を説かれたり、
  • 非合理を批判されたりします。

やらなくても理解できることなのですが、

  • やってから言った方がいい場合、
  • やるしかない

ワケなのです。

それにバカらしさや、

むなしさを感じる必要はありません。

それは

  • そういうもの

だからです。 

正確には、

  • そういう手続き

だからです。

そして、それはあなたのブラック企業人生にとって

きわめて重要な手続きだからです。