土下座

女性蔑視やオリンピックが悪いイメージでたたきやすい?


新型コロナの影響からか?日本中がピリピリして怒りやすい人が増えているように思います。

東京オリンピックも森元会長の女性蔑視発言からボランティアなどの辞退者が続出して収拾のつかない状態へと追いこまれました。


女性理事を追加し、体制の立て直しをはかっているか?のようです。

聖火ランナーの辞退者も出て、森元会長の女性蔑視の発言が原因であるのに諸般の事情に変えられたと被害を申し出るニュースもありました。


そこでよく考えて欲しいのは、

  • 森元会長の女性蔑視発言は政治的な問題として依然とあるのですが、
  • それとボランティアや聖火ランナーの参加や辞退は、
  • 実はあまり関係がない

という点なのです。

今はこの問題が盛り上がっているので、この問題にすべてをからめる傾向があるのですが、

  • 男女平等や機会均等は政治上の問題であって、

それとオリンピックでのボランティア活動や聖火ランナーの参加や辞退は実はあまり関係がないという理由です。

怒ると感情的になってしまい、

  • 何から何まで女性蔑視のせいなんだ!

って思ってしまいがちなのですが、それは本来、政治的な場で発言されるべきであるし、オリンピックもこのような政争の具に使われるのははなはだ不愉快のように感じます。

本日はこの問題について考察をくわえます。

思っていても伝えない方がいい気持ちもある 諸般の事情や一身上の都合は賢く使う


ブラック企業においてもこのような問題は多数確認できます。

それはブラック企業自体ブラックであるし、連日のサービス残業や休日出勤で怒ってしまうからです。

そして、給料が低いから転職を考えるとき、わざわざ会社の上司にその理由は伝えません。

なぜなら上司が激しく怒ってしまいますし、万が一、転職の際に邪魔をされたり、嫌がらせをされたらイヤだからです。

なので、その際はよく、

  • 一身上の都合により退職

という表現を用います。

給料が低いのもその他もろもろ込みで

  • 一身上の都合

にするワケなのです。

給料が低くてその悔しい気持ちを相手に伝えたい気持ちもわからなくはないのですが、ブラック企業の従業員は所詮は会社の犬のため、会社がないと生き残りをはかれません。

そして、その悔しい気持ちを正直に上司に伝えることは誰も得をしないワケなのです。

  • 誰も得をしないと言うことは
  • 伝える必要がない

ことを実はあらわしているのです。

たとえば給料が低いと不満がある場合、

  • 給料を上げる必要があります。

その方法は、

  1. 今の会社で出世するか?
  2. 給料の高い会社へ転職するか?

の二択なのです。

そう、

  • ズバリ二択なのですよ。

と言うことはやることも限られてきて、

給料が安いことを素直に上司へ伝えることの愚かさに気がつくと思います。

その際に用いるのが、

  • 一身上の都合により退職

なのです。

これほど便利で都合のいい言葉や表現はなく、日本語のいいところであります。

  • あなたのことを好きって言うのは伝える必要があるのですが、

  • あなたのことは嫌いって言うのは伝える必要はありませんよね?


問題を解決したい人と八つ当たりしたい人にわかれる


先の女性蔑視の発言に異議を唱えた方も、

それが森元会長への抗議であったにしても、

諸般の事情で済ませた方が今後も活動しやすくなると思うからです。

こういった抗議や社会的な活動を見ていていつも感じるのは、

  • 自分で変えていく人と、
  • 他人に変えてもらう人の

二手に分かれます。

そして、自分で変えていく人たちはできるだけその環境にしがみつき、変えるきっかけを虎視眈々と狙います。

逆に言えば、他人に変えてもらう人たちは抗議をすることがメインとなってしまい、その後の自分の生き方については少し投げやりなところも見受けられます。

以前、東大の全共闘の話をお伝えしました。


そのときの東大生で全共闘の代表をつとめた山本義隆さんは物理学で才能があったのですが、就職で苦労をした経験を語っていました。


湯川秀樹の研究所へ通う将来を渇望された研究者の一人でした。

ベトナム戦争反対や一連の学生運動を指示したことにより警察や公安当局から指導を受けたり逮捕されたりしました。

そのせいで研究者の道はたたれましたが、予備校の講師などをしながら在野の研究者として研究している話はかなり有名であります。


正論や正しいことを主張する場合、それは一方で敵を作ります。

ロジックハラスメントという言葉があるとおり、この正論や正しさもある意味で宗教なのです。


なので、その場合はどちらかと言えばその正論や正しさを伝えるというよりも、正論や正しさを根気強く広げてゆく活動の方が重要になるものと思っています。

人生は長いですし、正論や正しさを伝える活動も長くなります。

そして、本当にそうあって欲しいと願うのであれば、逆に言えば自分は身を粉にして貫く必要があるワケなのです。

森元会長の女性蔑視発言でその問題ばかりが政争の具になってしまい、肝心のオリンピックや選手の姿がイメージできない方が問題のような気がしてきました。

  • 選手は政治を変えることはできません。

  • 感動を与える人だからです。

  • それは政争の具に使われてはならない場だからです。

なので、政治的な問題を解決したい場合は、政治的な場で解決すべきなのです。

それをボランティアの辞退や聖火ランナーの辞退で表現するのは違う方法であることに気がつかれると思います。