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新型コロナウィルスで変化する経済学的自然淘汰の話です。

第一次需要 『人との接触を避ける』


日本人はお金に目がくらみすぎているので、経済学的な知識に乏しいのですが、経済はお金を回し、その富の源泉は需要と供給であるというお話です。

新型コロナウィルス下での第一の前提として、

『人との接触を避ける』

という需要があります。

この前提が第一次の需要になり、おそらく多くの人が求めている需要です。

その前提の元、リモートワークになったり、夜の繁華街が営業自粛を求められたりしています。

んで、この新型コロナウィルス下での需要は今後10年続くとして変わりません。

つまり、今までの人との安易な接触を前提にした産業構造などが一気に変わってしまい、人との接触を極力避けるという行動が今後10年間も続くワケだったりします。

その第一次の需要を抑えられないと商売をやっても失敗しますし、経済施策やさまざまな政治的な施策を行なっても失敗するのです。

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行動変容の変化が需要と供給を変える


んで、経済は需要に対してお金が支払われます。

お米が欲しいといった需要には、お米に対してお金が支払われます。

それに対して、お米を作る人が増えれば、その増えた分、供給が増えるので価格が低くなる程度の問題です。

んで、リモートワークやテレワークに対応できない企業もあるのですが、それ自体はその企業の危機なのですが、全体としてはその企業に人が集まらなくなれば、その企業の周辺企業の富も奪われていくという点です。

どういったことが起こるのか?というと、たとえばお米を作っている会社があって、その企業が倒産すればその会社の従業員に給料はいかなくなりますし、その従業員の数分、生活圏の富は奪われます。

具体的に言えば、従業員の家賃であったり、電気代やガス代や水道代が支払われなくなるためです。

倒産した企業の従業員がその地にとどまって違う職につけたならいいのですが、違う職についたとしても、少なくともその倒産した企業分は富が奪われることになるのです。

逆に言えば、この倒産した企業分の富を生む、新しい需要があって、それを産業として起業している企業が現れればそれはプラスマイナスゼロになると表現することもできます。

いずれにしても、従業員1人が生活費10万円ぐらいを落としていたのだとしたら、10人解雇で100万円がその生活圏から消失することになります。

食料品から衣服からサービスに至るまで各分野で、です。

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需要と供給の調整局面


なので、今回の新型コロナウィルスに関する不景気や倒産は、今後の新たな経済需要を考える意味でも重要なのです。

おそらく考えにくいとは思いますが、従来通りの人との接触ありきの商売は、今後は今まで通りの営業活動はできません。

逆に言えば、需要は減退していくので、ある程度、倒産して数を減らした方が、需要と供給の観点から見ればちょうどよくなります。

リモートワークもテレワークもそうですし、会社へ出勤する必要がなくなれば、週5勤務で洋服なんかも着替えていた人たちも買わなくなります。

週5の出勤ではなく、いつでもどこでも在宅でリモートワークなので…。

そういった行動変容はアパレルのみならず、飲食店業界や夜の繁華街なんかも無縁ではいられなくなります。

リモートワークやテレワークの在宅勤務者がわざわざ外食で食べに出歩きませんので…。

お気づきだと思いますが、今までのすべての産業がほぼほぼ変革を余儀なくされる事態に遭遇しているのだと思います。

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富の奪い合いの加速が生存の鍵


んで、日本の村八分的なピリピリ度を見ても明らかなように、今後は人間関係も必要最小限と信頼できる関係のみに絞るという変容も予想されます。

なので、不特定多数から特定少数へ変容するものと予想しております。

この行動変容へ対応する考え方は、やはり需要と供給の問題であり、ニーズとサプライといった観点です。

今までがこうしていたからとかは一切、関係がなくなります。

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そして、その変化に対応できないと、たとえば秋田の富が東京へ奪われたり、日本の富がアメリカへ奪われたりといった富の奪い合いが加速します。

なので地元企業を保護したり、自国の企業を保護したりといった保護政策はあまり意味がなくて、いつの時代も経済は需要を満たしてくれている企業に対してお金が支払われるのです。

それが資本主義であり、自由主義であり競争主義であるので、あまり必要のない物にお金を使わなかったりするのは、それ自体が不要であり、需要がない物だからです。

Amazonで商品が安く買えるからAmazonは利用されますし、楽天市場で値段が高くても品質の良い商品は売れたりしています。

なので、一概にネットだからではなく、安さだけでもなく、安さや品質の価値であったり、そのバランスが需要と結びついている場合がほとんどです。

安いけども品質が悪いと需要はないですし、高いけども品質がイマイチだと需要はないのです。

そのバランスが需要に結びつき、うまくいったところに富が集中しているだけで、地元企業とか国内企業といったカテゴリー自体、公務員的な租税管理の発想だったりします。

以上、新型コロナウィルスで変化する経済学的自然淘汰の話でした。