正義

怒りっぽい状態は不健康の証 みずからコロナ重症化のリスクを作る人たちについて


新型コロナの影響で怒りっぽい人たちが増えてきたように思います。

  • コロナで我を失う愚か者たちのバカすぎる行動

その人たちは怒りのポイントを見つけて、

  • ここぞとばかりに怒る

のですが、

怒られた方ももちろん怒りっぽいワケで、

当然、争いや喧嘩、論争に発展してしまいます。

新型コロナウィルスに関しては、

マスクの、

  • 不織布派や、
  • ウレタンマスクの論争

  • ワクチン派や
  • 反ワクチン派の論争、

  • 指定感染症2類派や
  • 5類派の論争

など、

  • それぞれのポジションから
  • それぞれの良さをアピールする

のが特徴的であったりします。

  • ですが、安心してください。

あなたの良さをアピールしたとしても、

  • 新型コロナが無くなったり、
  • 感染者が減る

ワケではありません。

それよりも、

  • あなたが夜通しツイッターをしたり、
  • さまざまな論争へ参加するあまりに、
  • 寝不足や、
  • 血圧が高くなって、

コロナの重症化の要素を作ってしまう方が心配だからです。

そこで本日は、怒りっぽさに任せて怒ってしまわない方法を考察してまいります。

バカにバカだと言えば、そりゃ怒るだろうよ…


頭のいい政治家の方々やお坊ちゃんのような学者の人たちは、

  • 今まで恵まれていたせいか?

考えの及ばない人たちや、

論理的ではない人たちのことを

バカだと思ってしまいがちです。

それと言うのも、おそらくは、

  • 今まで思ったようにいっていたし、
  • 論理的な方が正しいと思っていた

からなのであります。

古くは養老孟司先生が、

バカの壁 (新潮新書)
養老孟司
新潮社
2012-07-01


という本でこの問題点を指摘していました。

それは

  • バカには壁があり、
  • 乗り越えるのが難しい

という趣旨の話でした。

であれば、そもそも乗り越える必要がないワケで、

  • バカを避ける

方が賢い戦い方であることに気がつかれると思います。

バカとつき合うな
西野亮廣
徳間書店
2018-10-26


ツイッターなどでも、

このバカ相手に、

まるでバカを正しい方へ導く、

啓蒙思想家のような崇高な方が散見されますが、

それはキリスト教徒に対して、

イスラム教の教えを説くのに似ていて、

  • イエスだろうが、
  • アッラーだろうが、
  • ブッダだろうが、

信じるところを否定するやり方は多くの敵を作ります。

ましてや、この問題こそ争いの根源であるし、

戦争の原因ともなりかねないので、

人類の歴史や多くの営みの方を勉強すべきだと思います。



信じるということはいいと思っていること それを否定するのはバカのやること


哲学者のソクラテスは『無知の知』という考え方を基本としました。

つまり、

  • 無知であることを知っている

ことが哲学者たるゆえんだと定義しました。

ソクラテスの弁明・クリトン
久保 勉
Audible Studios
2020-06-19


多くの正義や論理的に正しい事柄は、

  • あなたにはいいように感じられるし、
  • それはみんなにもいいように感じられねばいけない!

と思いがちです。

ですが、

  • キリスト教を信じる人もいますし、
  • イスラム教を信じる人もいますし、
  • 仏教を信じる人もいます。

それは人それぞれの信じるところであるし、

それをイスラム教の人にキリスト教のよさを説得したり、

キリスト教の人に仏教のよさを説得したり

するのは間違いであることに気がつけると思います。

その多くは徒労に終わりますし、

怒ったところで何も解決を生まないことを痛感するところとなるでしょう!

新型コロナの正解はあなたが生き残ることです


そして、新型コロナに関してはみなさんも忘れているところがあって、

  • 生き残った人たちが正解

になります。

  • あなたがマスクについて議論しようが、
  • ワクチンについて議論しようが、
  • 指定感染症について議論しようが、

あなたがもし感染して命を落としてしまえばそれは誤りになります。

逆に言えば、

  • どんな手を使ってでも、
  • 生き残った人たちが正解となり、
  • 生き残った人たちはどういう人たちなのか?

ということに興味・関心を注ぐべき事柄であると思います。

まずは免疫力を高めることが重要になります。

  • 寝不足や高血圧になれば、
  • 免疫力が低下してしまう

からです。

頭の中のことよりも、

もっとご自身の体の声に耳をすまして、

世の中の雑音から解放されることを強く願います。