マスク02221

白はいいイメージらしい


新型コロナウィルスの影響でマスクが品不足なのに、学校や職場では白を指定するというおかしな流れになって大変困惑しております。


学校や職場でもおかしなイメージがあって、多分、そういう人ってイメージで人を判断しているので、おかしな偏見を持ったりするのだと思います。

通常は人を判断する際、話してみたり、行動を見たりして判断していくのですが、どうも日本の村八分的管理の元ではけっこうイメージで人を判断しているきらいがあります。

たとえばマスクであれば白が一般的なので、黒は不良であると言った感じです。

同様にそのイメージが、白は子どもっぽくて、黒は子どもっぽくないというイメージに結びつけられます。

差別と偏見の土壌


老害に限らず、やはり人との接触や人生経験がないと、人と会うこと自体が減っているので、とくに田舎なんかはこの傾向が根強いと思います。

多分なんですが、田舎でサングラスをかけて街中を歩くと不審者として通報されそうな予感すら漂います。

ですが、それってその人の人格をよく知りもしないで通報してますし、それが人権侵害に当たるということを本人はよく知らなかったりしています。

多分なんですが、本人は不安で仕方がないと思うのですが、実際それはあなたの頭の中の世界であって、あなたがよく物事を理解していないから不安になる場合が多いです。

ある程度、人生経験を積んだり、いろんな人に出会ってくるとそういう判断ができるのですが、ヘタすりゃ人生経験がまったくなかったり、いろんな人との出会いがまったくないと、周囲との異質な物ばかりに気がついてしまい、周囲と違うというだけで恐怖心を抱いてしまう恐れすらあります。

まちがい探し文化


要はまちがい探しと言いますか、周囲の世界だけがあなたの世界となり、その周囲と違う世界が気になって気になって受け入れることができなくなって、それが差別と偏見を生み、村八分のような世界になってしまうのだと思います。

ですが、周りが変わらなかったり、みんな同じような世界に見えるのは、それはおそらく高齢化の影響であって、若い人たちが多い社会であればどんどん変化して変わっていっています。

とくに地方の場合は高齢者と女性が多いので、ヘタをすればみんな一緒の世界観が出来上がっています。

なので、マスクも白であれば一般的にであるし受け入れ可能ですが、黒であると異質と判断したり、受け入れが困難になってしまうものと思われます。

ですが、マスクって本質的には布や不織布で口と鼻を覆うための機能なので、色はどうでもよかったりします。

逆に、白がいい印象を与えるのであれば白は早めに品切れするので、どうしても黒や黄色の方が手に入りやすくなることにも気づいていなかったりします。

こういう印象操作のような偏見が、人を見た目で判断することにもつながりますし、差別の温床にもつながりますし、いじめにもつながってしまうのです。

もしかしたら、こういった村八分的な管理があるのでいじめはなくならないし、むしろ、あまり多様性とか求めていないような気もするのです。

安心なのが安心なのか?


とりあえず、高齢者や女性が安心するような、ごくありきたりの一般的な色合いやイメージを選んで不安や恐怖を与えないことを第一に考える時代に突入するかも知れません。

ですが、逆の考え方をすれば、こういった安心をさせておけば何をやってもいいと言うことがバレますし、人の本質を見ないで付き合う人たちなので、どうとでもできるということに誰も気がついていないと言う話です。

だって、マスクを白で指定してますんで、みんな白をつけます。

逆に言えば、自由に選んだ方が色の選択によってその人の個性も知れますし、人の判断基準にもなると思うのですが…。

みんな一緒で安心するのはかまわないのですが、みんな一緒のかげにはそういう心配もあるのです。

逆に、みんな一緒になることによって、それは強制なので、その人の本質を判断しづらくなってしまうのです。

逆に言えば、みんな一緒だからこそ、裏切られてしまうことが多くなるワケで、それはこの理由によります。

あなたのイメージがみんな一緒だからといって、みんな同じ世界だとは限らないワケなのです。

見た目のイメージ上で安心を得たいのか?本質的な部分で安心を得たいのか?の問題だと思います。

誰も心の部分までは同じくすることはできません。