接客対人スキルは人に過度に感情移入しないスキル


よく介護施設で介護職員が高齢者に虐待をしたり、死亡させたりって言う事件があったりします。

実際、介護現場って忙しかったり、夜勤が多かったりで大変だったりします。

でも、多分、一番の原因はけっこう根が真面目でいいヤツが多いという点です。

私は元販売職ということもあり、いろんな嫌なお客様とかも見て来ている手前、ある意味いい加減になりました。

と言うのも、嫌なお客さんに対してイチイチ腹を立てていたら続かないので、お客さんを無視すると言ったら変ですが、ガン無視スキルのようにあまり変な期待を持たないで、ただ純粋に接客するようになったからです。


こう言った接客対人スキルと言いますか、

たとえば、

  • 人間はこうあるべきだ!とか、
  • 男はこうあるべきだ!とか、
  • 女はこうあるべきだ!

と言った価値観って、裏切られるとキツイっスよね?

なので、そうあるべきだと言う価値観や期待を捨て、ただありのまま接した方がいいと言う点です。

求める物語(ストーリー)と求める人物を演じる


介護の勉強をしていた際、

高齢者にも物語(ストーリー)があって、

それを尊重しなければならない旨を学びました。

たとえば、目の前のおじいさんが、

  • 「おい、タケシ」

と言ったら、

たとえ私がタケシじゃなくてもタケシを演じるのです。

私はいい加減なので、タケシを演じることができました。


  • 「タケシだけど、どした?おじいちゃん」

  • 「いつもは正月に帰って来るのにどした?」

  • 「いつもは正月だけど、今来たらダメだか?」

  • 「あい、ダメじゃねけども…」

と、言った具合です。

初めはタケシになるのが正直怖いですが、

出たとこ勝負でタケシになってみると、

意外におじいちゃんの方からヒントをくれ、

それを連想ゲームのように適当に演じていくのです。

でもこれって女性は根が真面目でいいヤツだから否定しちゃったりします。

  • 「違うよ〜。私、タケシじゃないもの」とか…。

でも、ホント、認知症の人を想像してみて下さい。

たとえば自分が発した言葉が否定され、

何か違うものを見ているような気持ちになると、

黙っていても怖くなると思います。

ボケにはボケで返すボキャブラリーが重要


認知症はあるし、避けられないとは言っても、実際、自分がもしそうなるんだとして、今なっているのに気づいてしまったら、それはそれは怖いことです。

なので、それは否定しないであげて、できればホントに演じた方がいいのです。

だって、演じたとしても認知症であれば忘れるんですよ。

ならば、同じ忘れるんであれば否定しないで演じてあげた方がいいんじゃないんですかね?


  • 「タケシだけど、また正月な。正月はまた何かくれるんだか?お年玉とか?」

  • 「お年玉って、あんた何歳なったのよ」


と言った具合に…。

  • 人間に対して期待があったり、
  • 男に対して期待があったり、
  • 女に対して期待があったり、

人って勝手なイメージを抱いてそれに基づいて行動したりするので、

ある意味いい加減な行動が取れなかったりします。

でも、いい加減な行動をとった方がいい場面もあって、

  • 話を聞いた方がいい場面と
  • 聞かなかった方がいい場面

もあります。

それってやっぱり

  • 聞いてしまうと変に価値観が入って許せなくなるパターン

とかもありますし、

  • 聞かないことによって価値観が入らず、どうでもよくなるパターン

があります。

どうでもよいとかって言うと失礼みたいな感じになりますが、

意外にどうでもよいこともあったりするんじゃないんでしょうか?


なので、人生でも仕事でもそうですが、

  • こうあるべきだ的価値観

と言いますか、

  • 思い詰めたピリピリした空気

って根が真面目でいいヤツに多いんですが、あまりよくないのです。

人生でも仕事でも意外に適当だったりします。

もちろん、

人間なので最善は目指しますし、

最善を目指して尽力いたしますが、

それが必ずしも完璧なものではなく、

よく偉い人が語っちゃったりしてますが、

人と人との相性もあるので、あんまり参考にはならないという話です。

なんか日本人ってホント完璧を目指すばかりに動けてない気がするんですよね?

高い志があるのは分かりますが、

現実的な路線と言いますか、

今すぐ走り出して、

そこから改善点を見つけつつ邁進してゆく姿勢の方が重要だったりします。