認知症は物忘れだけではなく、物を正しく認知できない


うつ病をいまだに心の病と認知している人が多いように、認知症に対しても誤った認知が多々見られる医療後進国の日本であったりしています。

最近では認知症ドライバーの交通事故なんかで少しは注目がなされてきているのですが、実はこの認知症も単純に物忘れと考えている人たちが多いことに気がつき、これもまた医療後進国である理由であったりしています。


物忘れであれば認知症の前の病名の痴呆症なんかが適当かと思われますが、正確には物忘れも含め、物事を正しく認知できなくなる病であるとされています。

正常性バイアス


正常性バイアスなんかは学問なんかでも幅広く使われておりますが、災害や交通事故などの際、自分だけは大丈夫と思いこむ謎の自信が根拠です。

地震などの備えの避難訓練や台風などの災害訓練をやったりしますが、自分だけは大丈夫という正常性バイアスが働くと万が一、そういう状況へ置かれた際、やったことや覚えた知識ですら出てこなくなる状態を指します。

確証バイアス


いろんなことを勉強したり、学習したり意欲的であっても自分に都合のいい情報だけを学習し、自分に都合の悪い情報は無視する傾向にあります。

誰かの先人であったり、組織の前例であったり、今まで見てきたことややってきたことから自分に都合のいい情報だけを学習し、都合の悪い情報は無視するため、判断を誤ります。

これはけっこう日本人に多い傾向で、老害が経営層になるとこうなるのだと思いますが、間違った判断は正さない限り間違った判断のままですし、どこかで挽回をしないと永遠に正しくなることはありません。

認知に関してはこのように自分の置かれた環境と自分の能力や立ち位置を正しく認知するという能力も備わっているので、やはり単純に物忘れだけではないのです。

感情バイアス


これも日本人に多いと思われますが、感情的な要因により判断を間違う傾向です。

問題があり、それを正しく判断する際、感情的な要因に流されて、そもそもの判断を間違う場合であったりします。

組織でも家族でも情愛や感情は大切なのですが、だからと言って問題に直面した際、その解決策がこの感情的な要因に左右されると合理的な判断に響いたりして、損得よりも守るための判断に傾きがちな点です。

もちろん、守るのが必要な事柄もありますが、それを守るために多くの損失をこうむるようであればそれは合理的な判断とは言いづらく、また誰も得をしない判断となったりします。

幸せになる考え方もそうなのですが、一般に認知心理学と言われているように、人間が物事をどのように認知していれ、それはどういう物であるか?という点の方が問題であったりしています。

つまり、幸せも考え方次第で、その環境をどのように認知し、どのように感じているか?が問題です。

なので、どちらかと言うと環境を変えるのも一つの手ですが、考え方を変えた方がそれは環境を変えるよりも有効である点でもあったりします。

そして、結局、他責思考であったり、自分は悪くないと思うタイプであれば、考え方も変わりづらいので問題が起こるたびに環境を変えた方がいいように思います。

認知症もこのような捉え方であり、単純に物を忘れているだけの状態ではないワケです。

ビットコインなどの投資はメンタルの勉強になる


あわてていれば動揺して通常のことができなくなったり、思いや先入観が強すぎて正常な精神が保てなくなる事態も当てはまります。

んで、みんな思っているほど緊急時の精神とか心の在り方に鈍感であって、緊急時になればなるほどあわててしまって正常な判断ができなくなってしまうものなのです。

その前提も分かっている人と分かっていない人がいますが、それぐらい緊急時もそうですし、合理的な判断や正確な判断は難しいものであったりします。

ビットコインが急落したときはあせって全部売りそうになる感覚にも似ています。

ビットコインはくると思って投資したものの、いざ急落を迎えるとすべて手放したくなる心境へ陥ることがあります。

私はそれを経験したので、あわてたときは落ちつこうと思いますし、気になるなら情報を見ないということも学習しました。

目にするもの、耳にするもの、さまざまな情報から動揺にさらされるので、初志を貫徹するのはそのぐらい難しいのだと思います。

以上、認知症を正しく認知する話でした。