ご近所を重く見過ぎる病


子どもが泣き止まないので布団でぐるぐる巻きにして窒息させる痛ましい事件が起こったりしています。


子どもの泣き声がうるさくて近所迷惑になる気持ちも分からなくはないのですが、近所迷惑になったとしてなんなんですかね?

よく分からないです。

たとえば子どもの泣き声がうるさくて近所迷惑を理由に逮捕されるのであればソッコーで布団でぐるぐる巻きにしてでも泣き止ませると思うのですが、ただうるさい!って言われるだけなんですよね?

だったら、

  • 「あっ?そっスか? すみません」

で済む話なのではないのでしょうか?

Murahachibu(村八分)の文化がそうさせているのか、分からないのですが、たとえ近所迷惑だとしても逮捕されるワケではないですし、会社を解雇されるワケでもないので、ただ子どものために言われるだけであればお安い御用のような気がするのです。


差別や偏見は親世代が生んでいる


よく巷では港区女子なんかがマウントの嵐だったりするのですが、赤ちゃんが生まれてきて、
  • 港区バブ〜!
なんて聞いたことがありませんし、

ポルシェやベンツに乗っていたとしても、赤ちゃんが、
  • ウチ、ポルシェバブ〜!
って話は聞いたことがありません。


概ね、社会の差別や偏見なんかもこのように大人側の見栄やマウントでできていて、赤ちゃんは無一文で生まれてくるワケなのです。

なので、港区とかポルシェとかもよく分かりませんし、住んでいたり、乗っていたにしても何のことかさっぱり分からなかったりするのです。

その上、子どもの泣き声がうるさいとか言われて布団にぐるぐる巻きにされるんだからちょっとかわいそうな気もしています。

言われる刑?!


SNSの登場やインターネット社会の発達に伴って情報が加速度的に伝わっていくのですが、それをすべて鵜呑みにしていると疲れちゃいますし、何より心も体ももちません。

んで、やっぱ実害が及ばない情報に関しては無視した方がよくて、子どもがいるのは仕方がありませんし、うるさいと言われたり、近所迷惑になると言われても、言われるだけはタダで無害という事実です。

それこそペナルティーで100万円とかならソッコーで布団にぐるぐる巻きの気持ちも理解はできるのですが、ただ言われるだけならそんなに苦なのか?って思うワケなのです。

言われて住みづらくなる?

なんで?!

言われていづらくなる?

なんで?!

住みづらくなれば引っ越してもいいし、いづらくなればいなくなってもいいんではないんでしょうか?

だって、子どもは布団でぐるぐる巻きにされてんだもん。そっちの方がひどい。

アホを見極めるスキル


実際、近所の人が正しいとは限りませんし、近所の人にもアホが多いのも事実です。

そのアホの情報を鵜呑みにしても心労になりますし、せめてもなのですが、アホを見分けるスキルは身につけた方がいいように思います。

年寄りを謎に尊敬したり、年上を謎に尊敬したりする気持ちも分からなくはないのですが、けっこうピンキリで、セクハラで訴えられてり、飲酒運転でしょっぴかれたりしてるんで、やはりピンキリなのです。

こういう人たちはコンプライアンスも分かりませんし、バレなければいいやの世界なので、何されるか?分からなかったりします。

なので、別に子どもの泣き声がうるさいとか、近所迷惑だ!って言われても、

  • 「あっ?そっスか? すみません」

でいいんじゃないんでしょうか?

よく言われるのを気にして犯行に及んだり、争いをする理由が謎だったりします。

たとえば弁護士が出てきて訴状を渡されたり、法的な措置や金銭的なペナルティーが課されるのであればそれは別問題です。

近所迷惑のテンプレ


ですが、たいていの近所迷惑はおじいちゃんなんかが言ってくるだけなので、

  • 「あっ?そっスか? すみません」

で済みます。

ビジネスの世界ではこういった現象をテンプレートとして記憶していて、

  • 「うるさい!」に対して、

  • 「あっ?そっスか? すみません」

で返すスキルが定型化されていたりします。

手紙で拝啓のあとは敬具で結ぶ感じッス。

前略のあとは早々でしたっけ?

こういったものをテンプレートと表現したりしています。


これも教わらないと分からない親が増えているのに逆に驚きです。

もちろん、言いづらい気持ちや申し訳ない気持ちは人間だものであります。

ですが、子どもって本来うるさいものですし、逆に静かな子どもの方が不自然で心配になるのは私だけなのでしょうか?

人口減少や過疎化で何もない平穏に慣れてしまうと、ちょっとした音にも過敏になるのですが、それは多分、過敏になる人の方が間違っているのです。

そういう人が多数派になったり、偉い立場にいたりするので、間違いであっても間違いに気がつけない環境が問題であると思っています。

以上、Murahachibu(村八分)問題 子どもの泣き声がKinjomeiwaku(近所迷惑)への対応テンプレの話でした。