男性と女性は合わない?!


新型コロナウィルスの影響でコロナ離婚が流行ったりしています。

これは日本に限らず世界中で、男性と女性が長い間一緒にいるとDV被害が深刻になっていて、あまりよろしくないとする事実のお話です。

そんなことはない!派やDV被害はけしからん!派もいるとは思いますが、事実は事実として増えているので、事実は真実を語るということを理解した方がよかったりします。

離婚が増えていると言うことも、男性と女性は合わないという事実であって、その事実はそんなことはない!と言っても、けしからん!と言っても、事実は事実で変えることができないのです。

それでいろんな議論があったりするのですが、この事実はずっと冷静に追い続けた方がよくて、逆に言えばこの事実に基づいてどうやったら子どもを生みやすい社会になれるか?を考えた方が建設的な意見になれたりします。

男性と女性の闘い?!


マルクスも経済学者ではありますが、哲学者でもあって、人間の歴史を階級闘争に見たとき、その根本は支配階級と被支配階級の闘争なのですが、それを別な表現で男性と女性の闘争であるという風にも述べております。

男性が支配していたのかも知れませんし、女性が支配していたのかも知れませんが、多くはこの真逆の対象が切磋琢磨していくことによって発展してきたのだとする説が有力なのです。


日本においては型にハマった考え方の人が非常に多いので、結婚はするべき!や子どもを産んで一人前説が田舎では特にコンプライアンス意識も低いので浸透していたりします。

ですが、本来であれば自分のやりたい事や趣味なんかで忙しければ恋愛や結婚が面倒くさくなるのは極めて当たり前で自然な人間の感情であったりします。

それでダメになって離婚して親元に帰るぐらいなら、そもそも恋愛とか結婚をしない方がいい話で、自分のことも自分でできなかったり、自分一人で生きていくことができないようであれば、とても他人を世話したり、子どもを育てていくのは厳しいという現実です。

恋愛や結婚もそうなのですが、本来はやむに止まれぬ衝動のようなものがあって、それこそなんとなくするものではないと思う話です。

たとえばなのですが、お金持ちの人がその余裕から道楽で恋愛したり、結婚したりするのは理解できます。
道楽なので余裕がありますし、別にしてもしなくてもそんなに関係がないからです。

また、家庭に事情を抱えていたり、帰る家もなかったり、一人ではとても生きていけないという人もその目的からしたらやむに止まれぬ衝動に当たります。

なので、そういう人は決死の覚悟で臨むので、たとえダメになったとしてもあと戻りできない感があるので、した方がいいのだと思います。

一番悪いのはみんな結婚しているからとか、結婚してないと半人前のような空気に流されて恋愛や結婚をするパターンがけっこ身近を含め、観察されるので、そういった事例は結果としてうまくいっていない話です。

幸せの幸福論 自己決定権について


幸せもそうなのですが、人間の心理に関する部分で自分から選択した結果でないと幸せになれないという説が有力であったりします。

幸せや不幸という価値観自体、その結婚や出産や子育てにおける行為とか人生よりも、そのスタートの時点で自分が選択した結果であるのか?どうか?が幸せを決めるキーワードであったりします。


なので、自分からやむに止まれず選択した人であればどんなことがあっても幸せを感じているのに対して、自分の中に迷いがあったり、自分で選択していない場合は不幸になっているという結果があります。

幸せや不幸の価値観もこのようにその後の人生なのではなく、どうもその最初のスタートの時点にあったりするので、そこは真面目に考えた方がいい話だったりしています。

とくに日本の場合は場の空気や人の目を気にするあまり、自分の気持ちにフタをする傾向があります。


ですが、太宰治もそうですし、自分の気持ちにフタをして、自分を偽る人はやがてその精神に不調をきたしています。


なので、三島由紀夫のようにイエスやノーをはっきり言い、最後に暴走してもまた困るのですが、自分はどう生きたいのか?というテーマは非常に重要な考え方だとは思います。

日本人の多くは太宰治のように場の空気を乱さず、他人の目に気を遣って他人の求める自分を演じはじめるのですが、太宰自身が薬物依存に陥ったように、そこには埋められない穴が浮かんでくるように思います。

なので、アドラーの心理学でもそうですが、肝心なことはあなたがどう思ってどう生きたいか?なのです。

んで、そこをひたすらシンプルに考えて見つめ直した方がいいように思います。

んで、そこを考えられている人が幸せになりますし、そこを考えられていればあまり不幸を感じないという点です。

この点はマルクスの支配と被支配の関係に似ていますが、結局は自らの意志で主体的に取り組んでいるということが重要になります。

なので、一番ダメな考え方は他人の意志で動かされている感覚になるのです。

それは哲学では主体と客体で表現しますし、支配と被支配で表現したりしています。

以上、コロナ離婚をするぐらいだからそもそも恋愛や結婚はしなくてもいい話でした。

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